若い方の「三馬鹿」の成長
厳蕃は、一つ頷いた。みなまで語られる必要もないし、語る必要もない。
「息子らのことは兎も角、ジムはどうであろうか?」
第七騎兵隊は、ブラックヒルズよりいったんひきあげていた。
そこにある洞窟の一つに、野村を中心として四神を彫っているのだ。
ジムも手伝っている。否、率先し、はりきっている。
それをだれが、どのように説得するのか・・・。
「それも無理だろう」
不意に、歩をとめた義理の弟を振り返り、厳蕃は気弱な笑みを浮かべた。
「あの娘は、われわれが思っている以上に強くやさしい。もはや、われわれにとっては、とくに息子にとってはなくてはなぬ存在のようだ」
ケイトのことである。土方は無言で頷いた。土方は、とうの昔に追い越されてしまっていた。剣術も柳生新陰流だけでなく、永倉が神道無念流を、藤堂が北辰一刀流を、伊庭が心形刀流をそれぞれ指南しており、そこそこ遣えるようになっている。
「フランクとスタンリーもしかり、だな。あの二人もまた、家族も同然だ」
厳蕃は苦笑した。
二人はいま、インディアンたちに銃の扱い方を指南している。戦士たちだけではない。危急の際には戦えるよう、銃をもてる女子ども、老人にも教えているのだ。
銃は、厳蕃、「四天王」、原田、伊庭が二人の護衛役として従い、西の桑港まで仕入れにいってきた。無論、厳蕃らの目的は、護衛役だけではなく修行もかねていたが。購入資金はたっぷりあった。懸賞金である。
戻ってきてから、二人のアメリカ人は銃の指南に奔走している、というわけだ。
「ジムのことは・・・。そうだな、利三郎の作品の完成が間近い。その機会で、わたしか妹からきりだしてみよう」
「お願いします」
「それで、互いの息子らがどう成長しているか、だな」
厳蕃がふたたびあゆみだすと、土方も慌ててあゆみだす。
「朱雀に・・・」
小ぶりの背にそう投げかけると、厳蕃は振り返ることなく頷いた。
「義兄上、「大太刀」への挑戦の件は、どうされるおつもりか?」
これまでも小競り合いはあったものの、此度は本格的に戦へと突入するだろう。
永倉や斎藤がそれをみこし、最近とみに「大太刀」のことを話題にするようになっていた。
不意に厳蕃のあゆみがとまった。その背が小ぶりなだけでなく、なにかが違うと感じられた。
否、小ぶりの背だけではない。厳蕃じたい、どこかが違っていた。それは、具体的にはいつからであったろうか・・・。
ふりむくなり、厳蕃は四本しかない掌で土方の腕を掴んだ。そのあまりの膂力に、土方はおもわず呻いてしまった。
「すまぬ・・・」厳蕃もそうと気づいたのだ。掌から力が抜けた。
「会いたいと思っているのか?」
唐突に尋ねられ、土方は驚いたが平静を装った。その尋ね方も厳蕃の表情も、切羽詰ったものを強く感たからだ。
瞳と瞳が合い、土方は相手のそれのなかに自身の姿を認めた。
またしても襲われる奇妙な違和感・・・。
「義兄上、あなたや信江に嘘やごまかしは通用せぬでしょう?それに、そのつもりもない」
土方は、向こうにみえている自身のティーピーに視線を送り、無言で厳蕃をそこへ誘った。
またあゆみはじめたとき、眼前を若い方の「三馬鹿」がやってくるのに気がついた。
三人とも背が伸び筋肉もついた。玉置などは、もともと小柄だった上に労咳を患い死線を彷徨ったとは思えぬほど、いい体格になっている。
無論、体躯だけではない。精神の成長も著しい。
もはや餓鬼どもだのというにはおこがましいほど、立派な若者に育っている。
剣術においてもその成長はすさまじい。市村は沖田の認可で理心流を、田村は伊庭の認可で心形刀流を、玉置は厳周にかわり厳蕃の認可で柳生新陰流を、それぞれ皆伝を得ていた。
もっとも、残念なことに市村のお馬鹿っぷりだけは昔とさしてかわりはないが・・・。
「三人とも、水汲みは終わったのか?」
厳蕃が尋ねると、子どもら、否、青年たちは笑顔になった。
「終わりました。師匠、おれが一番おおく運び・・・」
「なにいってるの、てっちゃん。てっちゃんは惚れた女子の分しか運ばなかったじゃないか」
「そうだよ、てっちゃん。水汲みをしてもらいたがってるお年寄りや女性がたくさんいるのに。そういうの、鍛練じゃなくっておもねりっていうんだよ」
市村がいいおわらぬうちに、左右の田村と玉置がいいだした。
その内容に、土方と厳蕃は思わず相貌をみあわせてしまった。それから、同時にふきだした。
「なにがおかしいのです、師匠、副長?」
「そうですよ。注意してください。てっちゃん、かのじょたちだけのために、川まで幾度も往復して・・・。あれだけの量の水、使いきれるわけないよ」
「なにいってるんだ、おまえら。そんなことはない」
いや、やはり三人ともまだまだ子ども、だ。土方も厳蕃も心から思うと同時にどこか安堵もした。
「鉄、女子にいいところをみせようなんざ、十年はやいな。これみよがしにみせつけをせずとも、女子ってもんはみるべきところ、感じるべきところはみてるし感じてる。そういうもんだ」
「さよう。それに、女子は漢のさりげないやさしさのほうにうっとりするものだ」
突如としてはじまった、土方、そして厳蕃の女子講座。
「女子は漢をじらす。じらしてじらして、漢を手玉にとる」厳蕃だ。
「それにな・・・。女子は狡賢いし役者だ。鉄、うまく利用されんよう気をつけろ・・・。ん?なんだ、三人とも?瞳にごみでも入ったか?」
三人が瞳をきょときょとと動かしているのをみ、土方はにやにや笑いのまま問いかけた。
刹那、背に気が、しかもすさまじいまでの気が突き刺さった。土方の隣で、その義理の兄も同様に感じたようだ。
「あ、おれたちはまだほかの集まりの水汲みが残っていますので、これで失礼いたします」
そういった市村の表情は、完全に凍りついていた。無論、その左右の田村と玉置の相貌も同様である。
じりじりと後ずさる三人。
「まて・・・おいてゆくな。助けてくれ・・・」
厳蕃の囁きは、懇願を通り越して哀れすら感じられた。
「あなたっ!兄上っ!」
「失礼いたしますっ!」
雷鳴が漢たちの周囲を包み込むと、三人は脱兎のごとく駆けだした。
母さんの怒りの矛先が自身らに向けられるまえに。