カスターの二つ名
1876年(明治九年)、アメリカ陸軍第七騎兵隊とインディアンとの戦いは激化していた。
居留地に移るように、との政府の勧告を無視しつづけたスー族とアラパホー族に対し、グラント大統領はついに掃討戦を仕掛けるべく、ブラックヒルズからエイブラハム・リンカーン要塞へと第七騎兵隊を移し、出撃の準備をさせていた。
「違うだろ、鉄っ!」
「テツ兄さんにわかるわけないじゃない、トノモ兄さん」
「なにいってるんだ、ケイト!いい間違えただけだ」
「じゃあ、いってごらんなさいよ、テツ兄さん」
「・・・」
「ケイト、きみは正解したんだ。姐御の手伝いがあるだろう?もういっていい」
この日もまた、相馬先生による授業がおこなわれ、この日もまた市村は相馬先生に叱られ、ケイトにからかわれ、憮然とした表情であかんべえをし、ケイトにおもいっきり脚の甲を踏みつけられていた。
物見は、つねに厳蕃と白き巨狼がおこなう。土方は、自身の懐刀であった坊のときとおなじように、正確で緻密な物見にもとづき、クレイジー・ホースやツー・ムーンズらと戦略を練った。
ツー・ムーンズは、シャイアン族の戦士だ。本名は、イシャイニシュス(二つの月)という。
『頻繁にインディアンの斥候をみかける』
みずからもアメリカ陸軍の斥候を務めていたことのあるツー・ムーンズが厳かにいった。
かれもまた、さほどおおきくもちいさくもない。クレイジー・ホースとおなじで、どこにでもいる戦士といった外見だ。
陽にやけた相貌に、白い歯が閃いている。その右側、右の耳朶から頬にかけ、刃による一文字傷がはしっている。そして、背で一つにまとめた頭のてっぺんで、鷲の羽根飾りが踊っている。
『ブラディ・ナイフ、だな?長髪野郎のおでまし、というわけか』
『長髪野郎?われらは「明けの明星の息子』と呼ぶがな』
クレイジー・ホースにツー・ムーンズがつづき、二人は真っ黒な瞳を互いに合わせてから『「鉄の尻」だ!』と同時に叫び、げらげら笑いだした。
戦士たちの様子を、土方と厳蕃が呆れたようにみていると、それに気がついた二人は、アメリカ陸軍第七騎兵隊の指揮官カスターの二つ名と、それがつけられた理由を教えてくれた。
それから、生真面目な表情になると、軍議を再開したのだった。
「義兄上、そろそろ厳周と息子を呼び戻そうかと思うのですが・・・」
戦士たちとの軍儀が終わり、自身らのティーピーへと戻りながら、土方は厳蕃に相談をもちかけた。
戦も本格的になるだろう。いつどうなるかわからぬ状況である。
正直、このままどこかで過ごしていてくれたほうが、戦死する可能性はすくない。自身の息子、そして甥、二人とも生き残ってくれたほうがよいに決まっている。おそらく、それは厳蕃にしてもおなじ気持ちのはずだ。
それと同様に、ジムを離脱させたい。紐育か市俄古辺りにゆけば、ピンカートン探偵社の後押しで、野球関係の仕事にありつけるかもしれない。
なにより、生命を喪うことはない。
が、その一方で、息子にしろ厳蕃にしろジムにしろ、ともにいてもらいたいという気持ちもある。離れたくない、という想いが・・・。
これが情、なのだ。人間であれば、等しくもってしまう自然の摂理、なのだ。




