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修行への道

「刀・・・?」

 刀が必要だろう、と尋ねられ、幼子は当惑したように相手の相貌をみつめた。

 それから、ふんっと鼻を鳴らした。

「お忘れか、叔父上?わたしは帯刀致しませぬ。穢れたわたしにその資格も資質もないからです。それ以上に、刀を穢れたことにつかいたくないからでもあります」

 叔父は、遠間の位置から生意気ともいえる甥の相貌を憎憎しげにみつめた。

「ああ、存じておる。だが、此度は武者修行であろう?それは無論、剣術が、否、剣術が中心であるはずではないのか?」

 つぎは、たつみが叔父の相貌を憎憎しげにみつめる番であった。


 どこかで葉の擦れ合う音がしたが、叔父甥にはそれが動物によるものだとわかっているので気にもとめない。

 頭上の月はほとんど欠けており、痛々しげな姿だ。それでも、大地に淡い光を投げかけている。

 が、この林のなかにまではそれはゆき渡ってはいない。


「木の棒でも鉄の棒でも、いかようにでも遣えます。それもおわかりかと、叔父上?」

「なんなら、わたしの「村正」をもってゆくがいい。あるいは、父親の「千子」を借りてもよい・・・」

「はっ!」

 たつみは、みじかい笑声を小さな口唇より漏らしつつ、叔父よりさらに遠ざかった。

「どちらもわたしを嫌っている。わたしにそれらを統べることはできませぬ。叔父上、わたしにはくないがあれば充分。それもおわかりでしょう?それに・・・」

 たつみは、後ろ向きに二、三歩軽く飛んでスキップしてから、最後の一歩で背後にある木の枝上へと跳躍ジャンプした。そこに座り、叔父に冷笑を浴びせる。

「刀のことで呼びだしたのではないでしょう、叔父上?時間ときの無駄でございます。はやく用件を申してください」

 さらには辛辣な言をも落とす。

「ちっ・・・」そして、ささやかな舌打ちの音もまた落とした。

 信江と厳周の気を感じたからだ。


 たつみは、苛苛する一方で安堵した。だが、厳蕃は心から感謝した。否、せずにはいられなかった。

 本来の用件は、済ます勇気がもてないでいたから・・・。


「そこからおりなさい、辰巳」

 実兄と実の息子のまえにやってくると、信江は仁王立ちで木上の息子を、転生前の名でよんだ。

「叔父と従弟にたいして無礼です。あなたは何様なのです?もはや、近衛大将軍なる位階など関係ないでしょう?」

「ええ、叔母上・・・。最初はなからかような位階など、絵に描いた餅パイ・イン・ザ・スカイです。わたしが何様か?それは、あなたがた兄妹が一番よくご存知かと」

 苦笑とともに言の葉を落とすと、幼子たつみは枝上座ったままの姿勢で上半身を後ろへ倒し、そのまま宙空で一回転して地面へと降り立った。


「従弟を、わたしにとっては息子同然の厳周を、痛めつけるようなことはしてはなりませぬ」

 鋭いまでの声音による命に、驚いたのは厳蕃だ。口唇を開きかけたがやめた。

 自身の妹は、わざとそういったに違いないからだ。

 静かな林に、幼子たつみのけたたましいまでの笑声が響きわたっってゆく。実際、小さな体躯を折り曲げ、腹を抱えて笑っている。


「ええ、ええ、約束いたしましょうぞ、叔母上。あなたのかわいい甥っ子を痛めつけるようなことはけっしていたしませぬ。けっして・・・」

 不意に笑声がやんだ。美しさがまさってきた相貌には、笑みのかけらすらなくなっている。

 あるのはぞっとするほどの冷めた光をたたえた・・・。


「多大な恐怖心・・・。あなたがたからそれをひしひしと感じる。それこそが辰巳の糧。ふふっ、ばけものをみるようなその、それこそがわたしの力の源・・・」


 ふたたび、林をおぞましいまでのけたたましい笑声が蹂躙した。


 その数日後、土方の息子と甥は武者修行に旅立った。

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