Repeat after me “I miss you”
「ゆえに、ゆえにだな・・・」
土方は、これで何十度目かの溜息を吐きだした。
腕組みをし、夫を睨みつけている妻をまえにして・・・。
「信江、信江の強さは重々承知している。亜米利加に、信江より強い漢がいるとは思ってはおらぬ・・・」
無言のままの妻をまえにし、夫はおなじいい訳をもう三度は繰り返していた。
「女子だからとて、身に危険がというわけではない」夫は、そういいながら内心でそれは絶対に「ないない」と力説してしまう。それから、はっとした。
夫の内心をよんだ妻の表情がさらに険しくなる。
自分たちのティーピーのなかで、土方は自身の息子に対するよりさらに難儀をこうむっていた。
「いやだわ、トシ・・・」
そのとき、土方夫妻のやりとり、正確には土方のいい訳の羅列と信江の無言の貫きを、下敷きの上に漢のごとく胡坐をかいて眺めていたケイトが、日の本の言の葉で叫んだ。
ぎょっとしてケイトをみるまでもなく、すでにケイトは立ちあがって土方の懐を脅かす位置まで迫っていた。
「もうっ、素直に寂しいっていえないのかしら?信江がいなくなったら寂しくて寂しくてたまらない、って・・・」
ここが民族性の違いというところであろう。日の本の漢ならば、なかなか抱かぬ感情でも、亜米利加の人間は容易に抱き、それをあらわす。
そして、土方は柔軟性があり、機転がきき、あまつさえせこい。
すぐさまそれにのっかった。無心のまま。
そして、攻略できた。
が、それだけではなかった。
「わたしもゆきたい」
と、なんとケイトがいいだした。
無論、ケイトの目的は、鍛錬であることはいうまでもなかろう。が、厳周でもあることはいうまでもない。
「それはだめだ」
土方は、幾つもの理由を並べ立てた。論理立て、なおかつ女性蔑視にならぬよう。そうでないと、またいつ土方自身の妻に突っ込まれるかわからぬからだ。
「信江からもいってくれ」
土方は、ついに匙を投げた。
亜米利加の女子は口がたちすぎる、とはなるべく考えないようにしつつ。
日の本の女子がただ単純に漢より弱く、主張や口答えができぬ風潮があり、それしかしらなかった土方は、ケイトがことごとくいい返し、さらには倍にも三倍にもして意見を述べてくるのにただただ驚いた。
くわえて、それができるだけの日の本の語彙力の豊富さにも愕然とさせられた。
これはもう手に負えぬ、というわけだ。
黙したままじっと自身を睨みつけている妻をみながら、土方は思いついた。
そうだ、厳周自身に同道を諦めさせればよい、と。
こすい方法ではあるが・・・。
そして、それはすぐさま実践に移された。
気の毒な厳周は、兄貴分たちから伝授された知恵と経験と業を総動員し、どうにかケイトを思いとどまらせることに成功したのだった。