さらなる密談
密談の結果をしった。
信江は心中穏やかではなかった。
自身が育てたも同然の甥の厳周では、辰巳に敵うはずもない。
もっとも、厳周でなくとも辰巳に敵う者などそうそういるはずもないのだが・・・。
しいていうなら、信江自身の夫くらいであろうか・・・。
「なにゆえとめてくれなかったのです、兄上?」
薪を拾いにゆくという名目で、信江は実の兄と甥を林のなかへと呼びだした。
「わたしにとどめることなどできると思うてか、信江?おまえの夫は、苦渋の決断をくだした。ここの指導者はおまえの夫であってわたしではない。わたしに異を唱えることなどできないのだ」
「相談役でしょう?それとも参謀とおよびすればいいですか、兄上?異を唱えることはできずとも、意見は申せるはずです」
「ああ、幾度も申した。それもふまえてのことだ」
「申し方が足りぬのです」
「無茶をいうでない。過剰に申せば疑われるであろう?」
「なにゆえ父上ではなかったのでしょう?」
それまでじっと沈黙を護っていた厳周が唐突に尋ねた。
「なんだと?」「なんですって?」
それに敏感に反応したのは、厳周の父と叔母、同時だった。
「ふんっ、きいておらなんだのか?わたしはみなを・・・」
「父上、安堵されていますよね?ご自身が同道せずにすんだことを・・・。以前の父上ならば、ご自身で名乗りをあげたはず・・・」
「なにが申したい、厳周?」
父は息子のほうへ体躯ごと向き直り詰問した。その激しさに、息子は鼻白んでしまったが、すぐに意を決した。
「ケイトの家でなにがあったのです?父上の様子がおかしくなったのは、ケイトの家にいったときからです。叔父上やほかのみなも気がついています。叔父上は父上のてまえ、とってつけたような理由を申されただけです」
「厳周っ」
厳周を諌めたのは信江であった。分厚く荒れた掌を伸ばすと、甥の右の二の腕をさする。
「やめなさい。あそこであったことは、あなたもみたでしょう?」
「いいえ、すべてをみたわけではありませぬ。わたしがみたのは、ケイトにおこったことだけです」
厳周はかたくなだ。信江にしかみせぬ子どもっぽい表現である。
「わたしは従兄殿とは京で一度会っただけです。そして、いま、こうして接しているのは、わたしにとっては従兄というよりかは従弟、否、弟のようなものです」
厳周は、そういっきにまくしたてた。自身の腕に置かれた叔母の掌に自身の掌でやさしく包む。
叔母の掌がちいさい、と思うようになったのは、いつのころからだろう。
「辰巳は・・・。そうだな、鍛錬、修行においては厳しいであろうが、それ以外ではおぬしに害意や敵意を抱くようなことはないであろう」
しばしの間をおき、そう告げた父親の言に、厳周は心底驚いた。
害意に敵意?なにゆえ従兄が厳周自身の父親に、否、従兄が従兄自身の叔父にそのような感情を抱くのか・・・。さっぱり理解できぬ。
「なにを隠されているのです、父上?」
厳周は自身の父親を睨みつけ、そう詰問している自身に驚いた。
しかし、父親は視線をそらした。それから、すぐ側の枯れ木の枝上をみ上げた。
その形のいい口唇から漏れたのは、深くながい溜息であった。




