一家離散の決意にいたったか?
ついに決断をくだすときがやってきた。
否、迫られていた。
「左之さん、馬鹿だな。やるんならもっとうまく・・・。いてぇっ!」
野球賭博をやっていた原田は、土方からこっぴどく叱られた。
その上で、チーム・フランクに賭けていた原田は、スー族の人々からせしめた賭け金を、全額返金させられた。
そのもやもやをだれもきいてくれないものだから、原田は相棒の九重に鬱憤を撒き散らしていたのだ。
やさしい九重は、馬面を上下にふり、両の耳朶をぴくぴくと動かし、辛抱強く原田の話をきいてやっている。
藤堂がその原田の背に呆れたように言の葉を投げた刹那、藤堂の頭に拳固が飛んだというわけだ。
「副長、ひでぇ。なんでおれに拳固を?みみっちいことやってたのは、左之さんじゃないか」
短く刈りそろえた頭髪を両の掌でごしごし撫でながら、藤堂は土方の二枚目な相貌をみあげ、文句をいった。
「てめぇら「三馬鹿」は似たり寄ったりだな、ええ?」
「おいおいおい副長、なんでおれまで?いつもいってるだろう?左之も平助もいい大人だ。それをなんでおれまで?」
そのとき、永倉が伊庭を伴ってやってきた。いまの土方の言の葉をききつけ、文句をいう。
じつは、永倉は土方に頼まれて伊庭を呼びにいっていたのだ。
「だって、「三馬鹿」だからでしょう、新八さん?」
そして、その永倉の背に、あらたなる声音がぶつかった。
沖田だ。沖田もまた、呼びにゆくよう命じられたのだった。
その後ろ、木の蔭からあらわれたのは、厳蕃と白き巨狼だ。
「遅れて申し訳ありません」
さらに、斎藤も現れた。厳周を伴って。
「左之、九重を自由にしてやれ。おめぇの愚痴など、どうしてききたいもんか」
ぶつぶつと文句をいいながら、それでも土方のいうとおり、原田は九重の頸筋を軽く叩いてやった。すると、九重は足取りも軽く駆けていった。木々の向こうに集まっている仲間たちへのもとへと。
集落のすぐ近くのこの林は、いまや土方らの密談場所となっている。
「へー、ついに離婚の上一家離散するっていう覚悟ができたっていうわけですか、「豊玉宗匠」?」
「馬鹿いってんじゃねぇよ」
いつもの沖田のからかいに、即座に反応した土方ではあるが、なにゆえか勢いがない。否、元気がないといったほうがいいだろう。
「やはり、禁ずるのか?」
厳蕃はなるべくよまぬよう努めつつ、そう尋ねた。
良識と常識ある親なら当然の判断だと思いつつ。
が、土方はすぐには答えなかった。視線は集落のほうへと向けられたままだ。
「いかせます」
それから、たっぷりと間をおいてから答えた。
「まさか、姐御も?」
幾人かが同時に叫んだ。
「女子にそうそう野宿をさせられるか・・・。だが、一人でもゆかせられぬ。ゆえに、同道を頼みたい」
おおっ、となった。この面子だ。だれに白羽の矢が立ってもおかしくない。
「義兄上、あなたにお願いするのが筋ですし適任かと思われますが、あなたには息子個人よりもほかの者たちにご指南いただきたい、と」
土方に告げられ、厳蕃は無言で頷いた。心中でほっと安堵したのはいうまでもない。甥と二人きりなど、あらゆる意味において危険きわまりない。
「で、幾人だ?なぁ副長、おれらがいくよ。互いに鍛錬相手にことかかねぇしな」
「あぁだから新八、おめぇら四天王に原田、それと八郎、おめぇらはここに残って互いに鍛錬してくれ」
「なんだと?そりゃないぜ、副長」
「おめぇらにごっそり抜けられたら、危急の際にどうなる?ええ?本来なら、おれがいきてぇところなんだ。が、この一触即発って状況で、なにゆえおれや手錬れがごっそり抜けられる?わかってくれ、新八。それに、戦に慣れてるのもおめぇらだ。むしろ、そっちのほうが心強い」
「それだったら、おれと総司、慣れてないけど副・・・」
藤堂は、土方に睨みつけられ、しゅんと黙り込んだ。
いま一度、集落のほうへと視線を向け、土方はやっと決心がついたようだ。
「厳周、頼めるか?」
「あぁ厳周だって?」
原田の叫びもまた、土方の一睨みで不発に終わった。
「で、ですが叔父上、わたしでは・・・」
厳周は当惑した。従弟ではない。事実は従兄と武者修行することとなる。殺される、と確信にちかいものがあった。こちらが腕を上げるまでもなく、鍛錬の厳しさによって息絶えるかつかいものにならなくなるだろう。
厳周は、しれず自身の父親に助けを求めていた。
が、(ちょうどいい。辰巳を監視しろ)と意識の最下層で告げられてしまった。
『ふむ。で、わたしはどうでもよいのか、わが主よ?』
思念だ。ふさふさもふもふの白毛を陽の光にさらし、白き巨狼が一行の傍でいったりきたりしている。
「あぁ壬生狼、おめぇにも残ってもらう。兄神たちを牽制してもらわねばならぬからな」
『なんだと?わが子が寂しがるにきまっておるでは・・・』
「実の親とも離れ離れだ。なにゆえ育ての親を恋しがる、ええ?』
土方の論は、正論だが悲哀に満ち満ちていた。