畏怖と勝負
信江が痛烈なショートライナーを放ち、塁にでた。
わざと打たされた。信江にはそれがわかっていた。
育てた子も同然である厳周の意図はよめている。
厳周は、信江自身の子、否、幼子と勝負したがっているのだ。
先ほどの本塁打のあたりを阻止された敵討ち、に違いない。
(まことに馬鹿な子たち・・・)
信江は、玉置があっけなく三振になるのを一塁ベースからみつめつつ、口中で幾度も呟いていた。
野球はたしかに面白い。信江にもその面白さはわかっている。みるのもするのも。
が、ここまで熱くなるものなのか?
信江にはそこのところがわからない。
そして、信江自身の子が、否、幼子が背丈とおなじくらいの長さのバットを抱え、バッターボックスに向かうのを、複雑な気持ちでみつめていた。
あきらかに違っている。それは、日々顕著になってゆく。前世の幼子とは、比較のしようがないほど違っている。なにがどう違うのか・・・。それすらわからぬがゆえ、よりいっそう信江を苛立たせ、不安にさせている。
心中をまったくよむことはできぬ。ケイトの家でかけた暗示・・・。あれがまだ効いているのか、それすらはっきりとわからぬ。
あきらかに叔父の厳蕃を狙っている。精神的に追い詰めようとしていることを、信江は感覚で察知していた。
その信江に、幼子がバッターボックスから視線を向けてきた。
なにゆえか、その瞳にぞっとするものを感じた。
信江は恐怖した。
いいようのない畏怖、それが信江の体躯のうちを満たす。
「姐御?」
もしかすると、悲鳴か呻き声を発したのかもしれぬ。
ファーストの伊庭が、驚いた表情でみていた。
「ごめんなさい、なんでもないの」
信江がそう告げると、伊庭は両の肩をすくめた。それから、腰を落として備えた。
幼子は、それからは信江をみることはなかった。
厳周が勝負したがっていることを、幼子にはわかっていた。ゆえに、わざとのらなかった。花をもたせてやった。わざと見送り、三振の山を築く手助けをしてやった。
が、これで最後。望み通り、勝負をしてやろう。
望まれ、それから逃れるは本意ではない。それがたとえお遊びであっても・・・。
幼子は、右掌でバットを肩の高さまであげ、左は拳をつくって口許を隠した。口許を捕手のジムにみられないためだ。
それから、投手にみえる左側だけに笑みを浮かべた。
これだけで従弟にはわかったであろう。
幼子が勝負を受けて立つ、ということを。
これだけの球数を投げているにもかかわらず、球威の衰え、球筋の乱れはいっさいない。
天は二物を与えずというが、厳周にかぎってはそのかぎりではないらしい。
おおきく腕を振り上げ、きれいな型で投げてくる。
幼子には、球が厳周の右の掌から離れた刹那、直線の剛速球ということがわかった。正々堂々と勝負にでた、ということを。
ゆえに、迷わずバットを振った。
「かんっ!」
小気味よい音が響いたのと、球があっという間に遠い地平線の彼方へと消えたのが同時であった。
もはやそれを認める間もなく、球は大本塁打というにふさわしい飛び方をした。
1対0で、チーム・フランクが勝った。




