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原田左之助、漢(おとこ)の戦い

「なに?総司、おめぇが棄権するだって?いったい、どういうことだ?」

 第二試合、沖田対斎藤の試合を沖田は自ら放棄した。土方が驚くのも無理はない。


「べつに驚くほどのことではありませんよ、副長・・」沖田は杖を振り振り応じた。「今回は、これを柳生親子にみせたかったでけです。そして、今回おれは新八さんと一さんを鍛えることに徹したのです。あとはお二人に託します」

「なんだそりゃ?まったく意味がわからんし答えになってないぞ、総司?」


 柳生親子が訝しげな視線を送ってくるなか、土方は沖田の着物の袷をむんずと掴むと自身に引き寄せた。


「今度はなにを企んでやがるんだおめぇらは、えっ?」

「いやだな、副長・・・・・」

 沖田はわらべ時分からの兄貴分をわずかに見下ろした。


「土方さん、あなたの二振りの剣もまた近藤さんのと同じで健在だってことを証明したくありませんか?」


 囁きの後にいたずらっぽい笑みが添えられた。


「土方二刀」。幕末の京、表立っての人斬りは「四大人斬り」が、裏での暗殺は「土方二刀」が畏れられていた。その二振りの剣はいかなる相手でも確実に葬るだけの腕と度量を備えていた。新撰組にその二振りの鋭刃の存在がなければ、はたしてあそこまで新撰組の名を世に知らしめることができただろうか?


「おれも誇りに思いますよ、あなたの剣のことを。あなたの剣が新撰組をあそこまでにしたんだ」

「総司・・・」

 沖田の着物の袷を掴む掌が緩んだ。その拍子に沖田は土方の掌からするりと抜けるとそのまま離れた。


 そして、舌をだすとくるりと背を向け走り出す。


 向かう先はつら突き合わせて密談中の永倉、原田、斎藤のところ。


 まんまとはぐらかされた土方はその沖田の背をじっとみつめていた。


「斎藤、坊のいったことをおれが実証してみせてやる。ま、てんで役に立ちそうにないが弱みを確認することだけはなにがなんでもやり遂げてみせる」

「左之さん・・・」

 斎藤は長身の原田を見上げた。そこに沖田もやってきた。


「「豊玉宗匠」が、「なに企んでやがるんだ、おめぇらは?」って」沖田は土方をからかうことが好きなだけでなくその真似がじつにうまい。沖田のそれに三人は同時に噴出した。


おいおいカモン、ここは真面目にやるところだぞ、総司。せっかく、おまえもいいところをみせてくれたんだ」笑いながら沖田の肩を力いっぱいぱんと叩いた。それから言を紡ぐ。「いまから左之もみせてくれる。斎藤、しっかりみて自身の勝負へと繋げるんだ、いいな?おれたち四人はあいつの技と精神こころを直接継いだ。それは、あいつが柳生の「大太刀」から得た複数の先人たちの技にあいつ自身のものもある。同時に、あいつはあいつ自身とおそらくは師匠にもいえる弱みも教えてくれた。これを活用しない手はない」

 永倉の囁きに無言で頷く三人。


「左之、悪いが斎藤の尖兵として見事散ってくれ」「馬鹿いうな、新八。死にたかねえよ。案ずるな、うまくやるさ。この二つの腹の傷跡に賭けてな」そういいながら袷をはだけようとするのを、すんでのところで静止する永倉。「いいって。いまはそれのみせどころじゃねぇ。槍のほうをみせてくれ」「へいへい。じゃ、いってくる」

 長槍の練習用の棒を脇に挟むと、原田は掌をひらひらさせて試合の開始線へと歩を進めた。一回戦目は不戦勝だった厳蕃は沖田が使ったのよりかは短い杖を掌にすでに待っている。


「師匠、お待たせしました。さっ、ちゃっちゃとやりましょう」

「ほう・・・」

 棒をしごく原田を前にして厳蕃はその整った相貌に意味ありげな笑みを浮かべた。


「そうか。総司は棄権し、おぬしはわたしになにやら仕掛け、一につなげてわたしを倒そうと?そして、新八はわが息子を、というわけか?」

「さっすがお師匠様。ええ、そうですよ。隠すほどのことじゃない。隠せるものじゃない。あいつがおれたちに継いでくれたなかに、師匠、あなたの弱みも含まれてます。おれたち四人はそれ・・を知っている」

「なるほど。おぬしがそれを証明しようと?一の為に?面白そうだ。ちゃっちゃとやろうではないか?」


 審判役の島田が「両者、礼」といってから一歩下がると、原田は棒を豪快に振り回してから両足を三尺ほど開いて相手に対し左肩を前にして横を向く宝蔵院流独特の構えをみせた。一方の厳蕃は、右掌で杖を握り、それを下に向けたままでさして構えることもない。そして、やはりなんの気も発しない。


 歩み足で間を詰めてゆく。槍の間合いは剣のそれとまったく異なる。しかも長身の原田のそれは小柄な厳蕃よりはるかに遠い。


 大悦眼だいえつげん。それは相対する者を威嚇するのではなくむしろ受け入れる奥義。原田の目許も口許も笑みが浮かんでいた。笑みを浮かべることにより体躯中から力が抜けてゆく。緊張が解けるわけだ。


 猫が鼠に忍び寄るかのように軽やかに静かに動く脚。だが、相手は微動だにしない。それどころか眼球一つ動かない。厳蕃の小さな体躯が大きく感じられる。それはまさしく虎だ。白き虎の依代だからか?そういえば、あいつから技を伝承されたとき、相対するあいつはまさしく龍だった。うちにそれがみえたからか?否、あいつにしろ師匠にしろ、うちになにがいようともともとが虎であり龍であるのだ。


 右掌の石突いしづきからも力を抜く。棒の先がわずかに揺らぐ。その挑発にも虎はのらない。猫ごときの威嚇に虎がのるわけはない。


 さらに笑みがひろがった。猫のほうではなく虎の相貌に。迂闊にもそれに猫がひっかかった。繰り出される棒の先端。


 みている者は等しく驚いた。原田の繰り出しされた棒の掌許にその遣い手である原田がいなかった。棒だけが虎に文字通り飛んでいった。そして、棒を投げつけた原田は・・・。


 遠間から一気に間を詰めた。虎は棒に気をとられるはず。その間に懐のうちに飛び込み、虎の左半身を狙った。具体的には右の拳で虎の左半面を殴りつけたのだ。


「・・・!!」


 殴りつけた者、見物人、等しく息を呑んだ。


 そこにみたのは、飛んできた棒の先端を右の二本の指で挟んで受け止め、左掌に握り直した杖の先端で猫の拳を受け止めた虎の姿だった。


「降参、降参だ」


 猫は渾身の構えを解くと両方の掌を上げた。だが、そこに浮かんだ不敵な笑み。


 そう、目的は達したのだ。これ以上は時間ときの無駄。


 そして、まんまとしてやられたことを虎のほうも気がついていた。


 永倉と対戦する伊庭まで棄権した。


「厳蕃を倒せるとしたら新八さんしかいないでしょう?託しますよ、その役目」と自ら降りたのだ。


 伊庭もまた試衛館の門人や食客たちとの付き合いは長い。「練武館」がなければ、心形刀流の宗家でなければ、浪士組として近藤たちと迷うこともなくともに上洛していただろう。それほどまでに親密でよく理解しあっている。ゆえに、彼らの考えていることはお見通しで、それにのっかるのもやぶさかではなかった。むしろ、のりたかった。そしてみてみたかった。


 こんな面白いことは、見物するほうがずっといい。紐育ニューヨークについて首尾よく義手を手に入れることができ、それをわが掌とすること叶ったら、そのときこそあらためて厳周に勝負を挑むつもりだ。


 片掌で相手が務まるほど柳生の剣は甘くはない。

 だれよりも伊庭自身それがよくわかっている。


 厳周と対戦する信江もまた棄権した。


「いたずらに体力を消耗し、手の内をみせる必要はありません」


 信江もまた潔い。それはまるでおとこのようだった。母を早くに亡くした厳周の面倒を、まだ母になるには早すぎる年齢としの頃にみたのが信江だ。わが子も同じこと。そして、その甥はやさしく強い剣士に成長した。育ての親たる叔母に手加減することもわかっていた。意識的にも無意識にも。女とはいえ柳生の一剣士としてそれははなはだ面白くない。矜持も許さない。


 昔、まだわらべだった時分とき、手加減どころか攻撃も防御もせず、信江の蟇肌竹刀の打ち込みをまともに喰らった同族の剣士がいた。そのときは真に悔しかった。もっとも、後に事情を知り、驚愕と後悔に苛まれたのだが。その同族の剣士もまた甥である。そして現在いまはこの世にいない。


 あんな想いは二度としたくない。もう二度と・・・。


 永倉対厳周、そして厳蕃対斎藤。この二組の試合は真剣にて行われる。

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