馬鹿な親子よ!
白き狼は、全力疾走から弾みをつけると、後ろ脚のばねで跳躍した。それはそれは高く。
厳周の打った球は、頭上の太陽に吸い寄せられるかのようにぐんぐん空へと向かっている。
『ちっ!届かぬ・・・』
あまりの速さに、さしもの白き巨狼の跳躍も届かぬようだ。
鼻面をできるだけ伸ばす。せめて鼻の頭にでもあたってくれれば、というわけだ。
刹那、白き巨狼の頭をだれかがぶっ叩いた。否、そんな衝撃が頭に与えられた。
『父さんを足蹴にするとは何事だ!』
幼子であった。幼子は、育ての親の頭を跳躍台がわりにし、さらに跳躍した。
「ごめんなさい!」
あきらかにごめんなさい、と思っていない気のない謝罪とともに、幼子は打球を見事捕球してのけた。そして、育ての親とともに落下しつつ、その背に跨り地におりた。
大歓声が起こっている。
スー族の民にすれば、白い狼は吉兆の徴。それが活躍したのだ。
「くそっ!」
日の本の言の葉で怒鳴った厳周を、だれもが驚いてみた。
そんな感情表現を、すくなくともみたことがなかったからだ。
バットを地面に叩きつけるのではないのかと思えるほど、厳周は悔しがった。
そして、それはその父親もおなじだ。なにせ、息子にしてやられたのだ。同様に、マウンドで文字通り地団駄踏む勢いで自身を罵倒している。
「ほんっとに、馬鹿な親子だわ・・・」
それを、信江だけが冷静にみていた。
「まったく球威が落ちやがらねぇ・・・」
永倉がバッターボックスでぶつぶつ呟いていると、捕手のジムが捕手マスクの奥から自身をじっとみつめていることに気がついた。
『すまねぇ、球威が落ちねぇっていったんだ』
そして、英語でいいなおした。
『かれはすごい投手ですね』
その讃辞に、永倉は苦笑した。好敵手をほめられ、ふつうなら悔しく思うのだろう。しかし、なにゆえか誇らしく思った。
先ほどの悔しがりかたといい、ケイトのことといい、厳周はいろんな意味でかわってきている。無論、それがいいか悪いかはわからぬ。だが、遊びも女もしらず、いい子ちゃんだった厳周は、いい意味で大人に成長しつつある。そう思うことにした。
『シンパチ?さあ、これで最後ですよ』
ジムの不敵なまでの言。それもまた永倉の苦笑を誘った。
ジムもまたかわった。おれたちと別れても、かならずやがんばれるだろう。できれば野球で、ひとかどの選手になってくれれば・・・。
『さぁこい!』
剛速球。バットを振りはじめた刹那、それがただの剛速球でないことに気がついた。フォークだ。旋風を巻き起こして振られたバットの下をかいくぐるようにし、球はジムのミットに音高くおさまったのだった。
(くそったれ!)
永倉は、心中で罵りつつも好敵手の手腕を認めたのだった。