賭け事と阿吽の呼吸
『サノは?』
控えの投手である原田がいないことに気がついたのは、試合も終盤にさしかかっているときだ。
試合は0対0のまますすんでいた。
『トノモももう限界だ。投手交代だ』
監督であるフランクは、おろおろと周囲を探すがどこにもみあたらない。
長身の原田だ。目立つはずなのに・・・。
『監督、いました、ほらあそこ!』
玉置が指差した方向を、いまや全員がみていた。
そこには、クレイジー・ホースをはじめとしたスー族の戦士たちとなにか話している原田がいた。そして、全員がじっとみつめているなか、原田はテンガロンハットを逆さにし、戦士たちの間をあるきはじめた。原田が側によると、スー族の戦士たち、さらにはほかの漢たちがテンガロンハットになにかを落としている。
『なんと!』
厳蕃だけではない。おおくの仲間がそうと気がついた。ゆえに、雷が落ちるのに備えた。
この場合の落雷は、白き巨狼を依代とする黄龍の奥方の得意技のことではない。
『左之っ!てめぇーーーーーっ!』
大音声は、晴れ渡った大空へ、乾いた大地へ、等しく響き渡り、この四方何マイルにも存在するあらゆる生物の呼吸と動きを封じたはずだ。
無論、その直後に澄んだ音色の指笛が響き渡った。
『槍遣いよりわたしだ。わたしにやらせろ。投手は子猫ちゃんがやればよい』
白いもふもふがしゃしゃり、否、颯爽と現れた。
白き巨狼は、やりたくてやりたくて仕方がなかったに違いない。
投手交代。厳蕃が相馬にかわってマウンドにたった。
二死。塁にはなに者もおらぬ。
バッター・ボックスにたったのは、九番の厳周。今度は、幾度かあった逆の形での親子対決だ。
『子猫ちゃん、若い者にはかなわぬ。無理せず打たせろ。この獣の神が、いかなる打球でも見事捕球してやろうぞ』
いまは、センターを護る白き巨狼がとくとくと叫ぶ。
センターだった幼子は、厳蕃が護っていたサードについている。
「なんだとっ!馬鹿にするでない。それに、野球に獣の神など関係ないではないか。ついでにいうと、黄金の龍でも関係ない」
厳蕃は、くるりと振り返ると怒鳴り散らした。
その気色ばんだ様子を、ベンチがわりにしている木箱に座し、沖田と藤堂が面白がってみている。
「ほんと、仲いいよな神様方」
「ほんとほんと、あれこそ喧嘩するほど仲がいい、のお手本だ」
藤堂と沖田は、互いの相貌をみあわせるとくすくすと笑った。
「仲などよくない!」
『仲などよくない!』
刹那、それをよんだバッターボックスから厳蕃が、センターでは白き巨狼が、声音と思念とで同時に叫んだ。
「ほら、やはり仲がいい」
「ほんとだよね、息がぴったりだ」
その叫びも、藤堂と沖田のさらなる笑いを誘っただけであった。