大打者 ジム
『主計っ!器用なところをみせつけてやれ』
『主計っ!野球も力じゃないってところを示してやれ』
厳蕃、永倉が英語で相馬にはっぱをかけた。
なぜなら、バッター・ボックスへとチーム・スタンリーの四番の強打者ジムがゆっくり向かっているからだ。
『ヘイヘイヘイ!小手先だけの業など力でねじふせてやれ、ジム!』
『ジムッ、かっとばせ!』
土方と藤堂が英語で力のかぎり声援を送る。
ジムは、チーム・メイトたちにしっかりと頷いてみせると、バッター・ボックスにたった。
その姿はじつに堂々としており、迫力満点だ。
かわったのはケイトだけではない。ジムもまた、野球を通じて自信と矜持をもつようになっていた。
捕手の島田の指示どおり、相馬はストライクゾーンすれすれのカーブをほうった。
「かつんっ!」
ジムは力だけではない。器用でもあった。タイミングを合わせ、カーブを当てた。球は、まるで空から巨人が息をすいこんでいるかのように、青い空へとみるみる吸い込まれてゆく。
そのとき、センターから幼子が駆けてきた。そうと気がついた田村が、先ほどの沖田とおなじように掌を組む。
「ゆけっ、坊っ!」
藤堂のときと違うのは、幼子は前宙で弾みをつけ、田村の組んだ掌を跳躍台がわりに宙を跳んだ。
藤堂のときとは勢いも高さも格段に違う。ジムの本塁打のあたりを、幼子は上空で見事捕球してのけた。体躯を丸め、猫のようにくるくると回転しながら落ちてくると、すたんと大地に降りたつ。
グローブをかかげると、無論、球はちゃんとおさまっていた。
一瞬の沈黙の後に訪れた歓声。
『ジム、気にするな、本来なら本塁打だ』
つぎの打者の土方がすれ違いざまに声をかけると、ジムは相貌に白い歯をみせた。
『ええ、わかっています。すばらしい投手から打てただけでも満足です』
そう、ここでは普通の攻守は望めない。すがすがしいくらいに。
ジムは、野球が大好きだ、と心から想った。




