道場の跡取りたち
相馬は、器用さをいかしてカーブやらフォークを使ってくる。そして、打たせて捕る戦法をつかう。
藤堂は、フォークをひっかけてしまいファーストフライにたおれ、ケイトは三振、伊庭はうまくあてたものの、市村のジャンプ一番のファインプレイにあい、凡退におわった。
二回表。親子対決だ。しかも、剣術より真剣かもしれぬ。すくなくとも、剣術とは違った意味で双方いたって真面目に向きあっていた。
「厳周、がんばって」
背にケイトの激励がぶつかった。厳周に力がみなぎる。それを眺めるファーストの伊庭。そして、それらを眺めるサードの土方。
土方は、フレデリック老のりんごの木のところでかわした伊庭との会話を思いだしてしまった。
厳周は自身にはすぎた甥だ。心底思う。そして、伊庭もまたいい男だ。道場間の縁での付き合いは、じつに二十年以上になる。もはや友人知人ではない。伊庭もまた家族同然だ。
境遇の似た二人。仲がいいのも頷ける。
そして、年長の伊庭が年少の厳周を気にかけ案じる気持ちもよくわかる。
ケイトは厳周をいい意味でてなづけ操るだろう。それ以上に、助け励まし添ってくれるだろう。
お似合いだ。それを気づかせてくれたのが伊庭だ。
冗談で、伊庭に衆道か?というようなことをいったが、無論、そうではないことはしっている。だが、女遊びをしているところもみたことがない。
昔まだ武州にいた時分、「三馬鹿」がどれほど誘ってもていよくことわっていた。きっと、厳周も門弟から誘われたとしてもことわっていたに違いない。
それとも、跡取りっていうのはそういうものなのか・・・。
土方の疑問はべつにしても、厳周厳蕃の間の緊張は否が応でもたかまっていた。
「厳周、遠慮する必要はない。これは剣術でも柳生でも、ましてや親子とも関係ないのだ」
伊庭がファーストから声をかけた。
無言で頷く厳周。それから、マウンドからバッターボックスの打者へと向き直った。
「師匠、遠慮はいりません。投手に「偉大なる強打者」の力をみせつけてやってください」
つぎの打者である永倉は、打者控えで片膝ついた姿勢で声をかける。
それに無言の頷きで応じる厳蕃。それから、あらためてバッターボックスからマウンド上の投手に対峙した。
その様子を、信江は呆れ返ってみていたが、つい声にだして笑ってしまった。
「なにがおかしいのです、姐御?」
島田が、その笑声をききつけ問うと、信江は亜米利加人のように目玉をぐるりとまわしてから答えた。
「まことに馬鹿な親子ですわ」
すると、そのすぐ傍で幼子がきゃっきゃっと笑った。
その幼子の瞳がなんともいえぬ翳りを帯びていることなど、だれにもわからなかった。