過去の判定と過去の少女
『おれたちは監督でいいが・・・。まさかこのまえのように殺す勢いで文句をつけてきやしないだろうな・・・』
『おれたちですら、あのときは殺されるかと、殺気とやらがびんびん伝わってきていたぞ』
スタンリーとフランクだ。
二人は、前回の野球のホームベース上の判定を巡って、危うく殺されそうになった、とすっかり怖気づいているのである。
『案ずるな。われわれはいつも冷静だ。義弟にはよくいいきかせるゆえ・・・』
『いや、まってください、義兄上。義兄上だって興奮されていたでしょう?あれは、あきらかにうちの島田のほうがブロックしていた。アウトだったのです』
『いいや、うちの平助の身の軽さは相当なものだ。完全に触れるのをかわしていた』
ジムが仲間に加わったばかりの頃におこなった試合の判定を巡り、またしても喧々囂々といい争いをはじめる首領二人。
スタンリーとフランクは、飛び火することを怖れ、じりじりと後退をはじめた。
その二人の肩に、背後より掌がおかれたものだから、スタンリーもフランクも飛び上がらんばかりに驚いた。
「ノブエさん?」
スタンリーもフランクも、日の本の言の葉で肩に掌をおいた者の名を呼んだ。
『おやめなさい!』
信江は一喝した。
気配もなにもさせず、突如あらわれ一喝された信江の夫と兄もまた、その場で飛び上がらんばかりに驚いたのはいうまでもない。
『たかだか野球の試合でしょう?かようなことで目くじら立てるなど、みっともないったらありませぬ。恥ずかしいとお思いになりませぬのか?』
信江はしらない。この数十年の後より以降永遠に、亜米利加も日の本も、おおくの漢たちが信江のいうところの目くじらを立てまくる、ということを・・・。
『兎に角、されるのでしたらわたしとわたしの弟子も参加いたします』
その宣言に、土方と厳蕃だけでなく、スタンリーとフランクも仰天した。
信江だけでなく、ケイトも参加する、と?
『あら?わたしの弟子には、すでにわたしと厳周とで指南ずみでございます。さすがはわたしの弟子、でございます。仕上がりは、剣術や槍術、体術とさしてかわらぬできでございます』
漢どもは、一様に呻いた。
よもや、ケイトは可憐な少女ではなくなってしまった。出会ったころ、ついてゆきたいと泣いていたか弱い娘ではない。
そう、まさしく信江二号だ。
それは、自分たちにとっては脅威以外のなにものでもない。
土方は、義理の叔父である自身が棒でぶったたかれ、投げ飛ばされ蹴りつけられ、殴られ刀で斬りつけられているところを、はっきりと想像できた。
その隣では、厳蕃があのときとは違う意味で同道させたことを後悔していた。
「義父様、なんですの、その言葉遣いは?」「義父様、女にだらしのうございます」・・・。
口うるさい身内が増えた・・・。
はっと気がついたときには遅すぎた。
土方も厳蕃も、神速で間を詰められた信江によって、脚の甲をしたたかに踏みつけられてしまった。