ケイトの鍛錬と藤堂の提案
「ああ?馬のつぎは野球だ?」
鍛錬の途中であった。
藤堂はさっそく土方に打診した。
土方は、地面に寝そべっていたが、ようやく起き上がることができた。そして、シャツやズボンについた土やら埃やらを掌で払った。
その拍子にふらついてしまった。
藤堂はすかさず両の掌を伸ばし、土方の体躯を支えてやった。
ついいましがた、土方はこてんぱんにやられ、最後に強烈な蹴りを喰らったのだ。その最後の蹴りを、土方は体を開いてかわそうとしたが、土台無理だと判断した。そして、せめて威力を殺そうと、わずかに体躯を右にひいたのだ。
だが、相手は土方をよんでいた。ゆえに、ひいた位置に相手の足先が飛んできた。否、かような悠長な速度ではない。瞳にもとまらぬはやさ、という表現がぴったりなものだ。
相手の足先が土方の鳩尾にまともに入った。
瞬きする間もなく、土方は地面とまともに接吻した。それからしばし、それに抱かれることとなったわけだ。
その相手とは、妻の信江ではない。その内弟子のケイトだったことが、土方にとっては喜ばしいことなのか、それとも悲しむべきことなのか、当人だけでなくだれにとっても判断できない。
「トシ、トシゾウ、大丈夫?」
藤堂を突き飛ばさんばかりの勢いで、ケイトが駆け寄ってきた。
「もうっ、手加減は必要ないのに」
日の本によるその言は、まさしく土方の妻のものだ。
藤堂は、思わずぷっとふいてしまった。
「あ、ごめん副長。だって、ケイトは姐御のまんまだ・・・」
「当たり前よ、平助さん。わたしの弟子なのですから。あなた、手加減は無用ですわよと申し上げてますのに。あまり手加減をなさると、ケイトの鍛錬になりませぬわ」
背後から言の葉を投げつけられ、藤堂の小さな体躯が飛び上がった。
「姐御・・・」
気配をさせずにちかづくところなど、さすがは柳生一族といわざるをえない。
「副長は女性にやさしいから・・・。だろう、副長?」
「そうそう、やさしすぎてついつい力を抜いちまうんだな、これが」
そこへちかづいてきたのが、元祖「三馬鹿」のほかの「二馬鹿」だ。
永倉につづいて原田がいい、それから「三馬鹿」はそろってげらげら笑いだした。
土方は、手加減どころか全力でむかっていることを、三人ともわかっているからだ。
「やかましい、てめえら。で、野球か?」
右の指先で鼻の下をかきながら、左の掌では自身の腰をさすりながら、土方はしばし思案した。
「よし、ひさしぶりにやるか」
「やった!」
藤堂は小躍りした。
「わたしもいいでしょう?師匠、教えてください」
ケイトの日の本の言の葉は、ますます冴えている。
「よろこんで、ケイト。あなたなら、すぐにうまくなるわ。さっそくはじめましょう」
うきうきと去ってゆく女子二人の背をみつめながら、永倉が囁いた。
「副長、あんたの魂胆わかってるぞ」
「ああ?くそっ・・・。ときを稼ぎたいだけだ」
「あ・・・?もしかして、家族の反乱のこと?」
土方は、藤堂の頭に拳固をくれた。
「いてえっ!」「反乱じゃねぇ・・・」「離縁に一家離散っつうんだよ、平助」土方にかぶせ、原田が訂正してやる。
「左之っ!てめぇっ」
「それ、逃げろ!おれたちも練習だ」
拳固をふりあげた土方から飛び退ると、原田は駆けだした。それを残りの「二馬鹿」が追う。
土方は、息子の武者修行について、いまだにうじうじと悩んでいるのである。