武士(サムライ)たちの連携
さしもの盗馬の名人も、不意打ちを喰らって鞍上で平衡を失ってしまった。
しかも、砂礫のあおりをくらったのはクレイジー・ホースの騎馬も同様である。短い嘶きとともに馬首をおおきく振った。その急激な動きに、クレイジー・ホースの掌が手綱から離れた。
全速力で駆ける鞍上だ。クレイジー・ホースのさして大きくも小さくもない体躯を、風が容赦なくそこから吹き飛ばす。
このままだと地面に打ち付けられ、大怪我どころの騒ぎではなくなってしまうだろう。
『クレイジー・ホース・・・』
土方は振り返り、反射的に腰を浮かしていた。
できた騎馬である富士は、クレイジー・ホースの騎馬へとすでに馬体を寄せている。
土方の体躯が富士からクレイジー・ホースの騎馬へと移った。鞍上で片膝ついたのと、伸ばしきった右の掌がクレイジー・ホースの革のベストの裾を掴んだのが同時だった。
『くそっ!』土方は毒づいた。このままでは、クレイジー・ホースは自身の頭部を地面に打ち付けた上にひきずってしまうことになる。
「副長っ!」
そのとき、鞍上の土方のすぐ後ろに市村が飛び移ってきた。クレイジー・ホースの騎馬をはさんで、富士が左側を、伊吹が右側を併走している。
「どうっ!どうっ!」
クレイジー・ホースの騎馬をなだめにかかる市村。
かろうじてクレイジー・ホースの革のベストの裾を握った右の掌は、いまや悲鳴をあげていた。
土方は、力任せにクレイジー・ホースの体躯を鞍上に引き上げようとしたが、そこまでの膂力があるわけもない。
そのときまた、「副長っ!」と掛け声がかかった。
はっと視線を上げると、那智が一直線に駆けてくるのがみえた。その馬首の向こうに、藤堂と厳周がおり、厳周が片方の掌で手綱を握り、もう片方の掌で藤堂の腰の辺りを掴んでいるのが、なにゆえかわかった。
厳周が那智をうまく導き、すぐ後ろまで近寄ると、藤堂が身を乗りだし、ともすれば上半身を地面にこすっているであろうクレイジー・ホースの体躯を抱きとめた。
「はっ!」
厳周の気合が土方の耳朶をうつ。同時に、土方は自身の掌を、クレイジー・ホースの革のベストの裾から離した。
なんと、厳周は、片方の腕の力だけで藤堂とクレイジー・ホースを地面すれすれの状態から引き上げ、宙に放り上げたのだ。
二つの体躯がゆっくりと宙を舞う。
『クレイジー・ホースッ!』
「平助っ!」
さらに駆け寄ってきたのは、永倉と斎藤。
永倉がクレイジー・ホースを金剛の鞍上でがっしりと受け止めた。そして、藤堂は宙でくるりと一回転してから、絶妙の機で寄ってきた斎藤の剣の鞍上に着地した。
「どうっ!どうっ!」
先まわりした比叡の伊庭がクレイジー・ホースの騎馬を市村とともになだめ、相馬は大雪を伴ってきた。
クレイジー・ホースに怪我一つなかったことは、まさしく奇跡に違いない。
そして、この一瞬ともいうべき間にこれだけの連携作業をしてのけたことは、文字通り怪我の功名だったのだろう。
もっとも、この事故のお陰で競べ馬どころではなくなってしまった。
そして、土方はこの後、いついつまでも卑怯呼ばわりされたことはいうまでもない。




