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接近戦

 いまや全員が腰を浮かせて前傾になり、相棒になるべく負担をかけぬ姿勢になっていた。どの馬も心から駆けることを愉しんでいるようだ。


「副長、左右に散って抜き去るか?」

 スー族の戦士たちの馬の尻は、掌を伸ばせば届きそうだ。

「いいや、そうすりゃ相棒にすこしなりとも負担をかけることになる。それに、なにもこっちが避ける必要もねぇ」

 永倉の問いに、土方は即座に応じていた。だれかが口笛を吹いた。とはいえ、十六頭の馬蹄の響きにかき消されてしまっているが。


「力押し、というわけですね。新撰組うちらしい」

 相馬が笑った。かれの相棒の吾妻は、数すくない牝馬の一頭だ。その愛くるしい馬面かおは、おおくの牡馬おとこたちを魅了している。

「隙間を駆け抜ける?スー族の戦士たちがそれを阻止しようと寄ってきたらどうします、副長?」

「あ、そりゃ総司だったら「斬っちゃっていいんですか?」ってなるだろうね、八郎君?」

 伊庭の問いに応じた藤堂の言に、土方は苦笑した。まさしく、だからだ。それから、逡巡した。


 無論、帯刀しているわけはない。全員が無腰だし、懐中や後腰になにものをも忍ばせてもいない、はずだ。これは、あくまでも競べ馬であって、騎馬戦ではないのだから。

 だが、力づくでこられれば・・・。

 スタンリーやフランクからきいた、欧州ヨーロッパのお行儀のいい競べ馬とも違う。場合によっては・・・。

「進路を妨害、もしくは人馬に危険が及びそうになりゃ、それを排除するのはやぶさかではない。だが、やりすぎるな。怪我をさせちゃ気の毒だからな」

「承知」

 土方の不敵ともいえる命に、全員が即座に応じた。が・・・。


「副長、クレイジー・ホースはおれが・・・」

「叔父上、「偉大なる戦士グレート・ウオリアー」はわたしが・・・」

 富士の左右に馬首を並べ、そう提案したのは、無論、「がむしん」と尾張柳生の現当主だ。


「乗馬の腕も力比べもおれのほうが劣るってのか、おめぇらは、ええ?」

 眉間の皺が濃く刻まれている。だが、永倉も厳周もそれに臆することはない。

「いえいえ叔父上。御大将がみずから相手になされる必要はない、ということですよ。ここは、甥のわたくしめが・・・」

「いやっ厳周。身内もおおげさだろうが。ここは、二番組組長で充分だ・・・」

「二番組っていっても相手にはわからないでしょう、新八兄?」

「いいや、身内だからって・・・」

「一生やってろ、おめぇら。富士、たのむぞ」

 喧々囂々とやりはじめた二人を尻目に、土方はさらに前傾になった。それに永倉と厳周以外がつづく。


 馬一頭がかろうじて通れそうな間を狙い、それぞれが駆ける。無論、スー族の戦士たちがそれに気づかぬわけはない。しかも狡猾だ。わざと間に入れ、両脇から押し潰そうとしてきた。だが、日の本ジパング武士サムライたちはさらに狡猾だった。すかさず、違う二人がそのスー族の戦士たちを押し包む。それに驚き態勢をかえようとした隙に、最初の一人がすり抜けてゆく。

 三位一体の攻防。それは、新撰組の基本姿勢。ずっとつづけられてきたこの基本スタンスは、こういう場でも踏襲されている。それを自然かつ無意識のうちにおこなっている。


 土方がいままさにクレイジー・ホースに王手をかけようとした瞬間、クレイジー・ホースのほうが先にしかけてきた。すなわち、自身の馬の速度を、急に落とさせたのだ。

 が、よんでいた。土方ではない。富士がだ。富士は、自身らどうしがぶつからないよう、みずから速度を控えつつ左によった。しかも、相手の騎手が、富士自身の相棒に組みかかってこようとしていることろまでよんでいた。ゆえに、富士は、自身の相棒がその相手ができるようわざと相棒の利き腕がつかえる側へとよけた。

 

 富士の機転に、その相棒はよく答えた。土方は、富士のお陰で相手をよむことができた。ゆえに、クレイジー・ホースが鞍上、体躯ごとよせてきたときには、あらかじめ準備していたものをぶっかけることができた。

 

 懐中に、砂利を詰めた袋を忍ばせていたのだ。

 本物の戦士にとっては反則チートであろうこの技も、土方にとっては十二分ななのである。 

 クレイジー・ホースは、短い悲鳴とともに上半身を仰け反らせた。

 土方の端正な口の端がわずかにあがった。

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