句と馬と口うるさい母とかわいげのない子
「いや、富士よ、おめぇの気持ちはうれしいが、さすがにいまは句作なんて呑気なことはやっていられねぇ。ああ、ありがとよ。このつぎに遠乗りにでたときにでも、おめぇにゆっくりきかせてやらぁ・・・」
土方の独り言、否、正確には土方が相棒の富士にいってきかせている言が、疾風とともにながれ去ってゆく。
斎藤と厳周以外が一様に眉を顰めた。
「きいたか、那智?おまえはおれとでよかったよな。かわいそうに。富士はきっと、馬としての感性が失われたんだ」
疾走中でも、藤堂は頭の後ろで腕を組み、上半身をわずかに仰け反らせて平然としている。その姿勢を崩し、藤堂は掌を伸ばすと那智の頸筋を軽く叩いてやった。
「というよりかは、副長が鞍上で句をつくり、それを富士にきかせてるってことのほうが驚きだな」
伊庭だ。わずかに前傾の姿勢で、比叡の禿げかかった頭部を撫でてやった。
「ああ、この風でおまえの毛が抜けてしまわないかと気が気でないよ、比叡」
それから、一人嘆きの声を上げた。
「いやいや八郎、おまえも相当だぞ。それは兎も角、副長もこっそり句作するには、鞍上が一番なんだろうよ。なにせ・・・」
「総司のやつがいるからな」
「総司がいるから」
「総司兄がいるから」
永倉の言にかぶせ、斎藤、藤堂、市村が同時に叫んだ。
「一度、その句集とやらをみせていただきたいものですね」
大雪の鞍上からにこやかにいった厳周を、全員が驚きの表情で注目した。
「あー、厳周?京では、おまえはたしかに新撰組の隊士じゃなかったが、あれは組の最重要機密だった。あの句集は、ずっとどこかに隠されていたんだ。まさしく封印だな。いまでもそうだ。いまは肌身離さずもちあるいてるだろう」
永倉にいわれ、厳周は父親似の相貌を右に左に倒した。
「しかし、総司兄が詠んでいたりしますよね?京でも、総司兄が手下の隊士たちに詠んできかせていた、と」
「ああ、それはおまえの従兄弟たちだ。いまも昔も、おまえの従兄弟たちが盗みだしては、否、盗みださされてた。まったく、総司はなんだってあんなに副長のことをからかいたがるのやら・・・」
「さよう。しんぱっつあんの申すとおりだ。総司のやつは、副長をなめきっている」
土方至上主義の斎藤の呆れ返った言に、だれもが苦笑した。
「でも、叔父もまんざらではなさそうですよね?叔父と総司兄って、わたしからみればまことの兄弟、というよりかは母子のようにみえますよ。そう、まことに仲のよい母子のように感じられます」
「母子、ねぇ・・・」
永倉だけでなく、全員が先を駆ける土方の背をみつめた。
沖田にとって、近藤勇は師匠以上の存在だった。その存在は父親だったに違いない。八つか九つで試衛館に、口減らしの意味もかねて内弟子に入って以降、沖田は近藤を父としていたのだ。
そして、沖田にとって土方もまたその当時からの身内なのだ。口うるさい母親のことが好きなのに、それをいたずらでしか表現できぬ子・・・。
「てめぇら、いよいよ尻にかじりつくぞ。もっと気合いれやがれ!」
そのとき、くちうるさい母親の声音がまえから飛んできて、全員の頬をぶった。
「はーい!母上様っ!」
藤堂のおどけた冗談に、全員が笑った。
「たのむから、いま、ここでおれを怒鳴らせねぇでくれ。全頭が急停止したら、馬だけじゃねぇ、そこにのっかってる人間だってただじゃすまねぇだろうからな」
土方の苦笑まじりの注意だ。
全員が相棒にお願いした。
相棒たちはさらに加速した。どの馬も、まだまだ余裕がありそうだ。