辰巳と呪術師(シャーマン)
『おやおや、「偉大なる呪術師」ともあろうお方が、かような幼子を相手に刃を向けるとは・・・』
鞍上、繰りだされた短刀を、幼子は右の親指と人差し指とでつまみながら笑った。
『・・・!!』
繰りだしたのは、手首に蛇の皮とバッファローの角でつくった腕輪をはめている呪術師だ。腕輪は、その持ち主がやり損なったのを嘲笑うかのように震えている。
『わたしは、このような姿形でも一応は剣士です。穢れてはいますがね。それに刃を向ける意味がおわかりか?』
幼子は、老呪術師の背に小さな体躯をよりかかり、その耳朶に囁いた。すぐ横に騎馬を寄せてきたもう一人の老呪術師が、やはり短刀を握っていることをしっていても、それを意に介そうともせず。
『おおっと、失礼。あなた方は、すべてお見通し、ですな?』
幼子は、愉しそうに笑った。それから、短刀をつまんだままそれを軽くひねった。まるで糸に操られたかのように、老呪術師の右の掌から短刀が離れ、そのまま飛んでいった。まるで矢のように。そして、それはいま一人の老呪術師が握る短刀にあたりし、老呪術師の掌からそれを弾き飛ばした。二本の短刀は、絡み合いながら後方遠くへと落下してゆく。
『くだらぬ競べ馬でわれらに勝とうとでも?勝って嬉しいとでも?ふふっ、ただの暇つぶし、ですかな?それとも、試しているのですかな?だとしたら、どちらが?老呪術師か?それとも神様ですか?』
「餓鬼め・・・」
腕輪を震わせながら、老呪術師は唸るようにいった。それは、幼子の母国語だった。
「思い上がるな。そして、追いつめるな・・・」
その忠告に、幼子は苦笑した。
「追いつめるな?それはどういう意味・・・」
いままさに、幼子が老呪術師の背からその皺首をとろうとしたとき、後方からようやっと白き巨狼と金峰の厳蕃、そして、騎手をいただかぬ四十とが追いついてきた。
「ちっ・・・」小さな舌打ちが幼子の形のいい口唇の間より零れ落ち、あっという間に大地へと転がっていってしまう。
「餓鬼よ、いまいちど申す。追いつめるな。すでにおぬしは・・・」
腕輪が震えた。蛇の皮とバッファローの角がかすかに泣き声をあげた。
老呪術師がはっとすると、自身の背後より餓鬼は消えていた。
その脇を、それぞれ騎手をいただいた二頭の騎馬と、白い狼がすり抜けてゆく。
『・・・』
『・・・』
「偉大なる呪術師」たちは、ただ呆然と大小二つの背と、白いもふもふの塊をみ送ったのだった。




