馬のつく名前
「スー族の戦士たちは、物心ついたときから馬に慣れ親しんでいるですよね?」
「だいたい、「かれの奇妙な馬」っていう名を継いでいることじたい、馬ときってもきれない縁ってこったろ?」
「しかも、馬を盗むのが遊び、とかないよな?」
相馬、永倉、藤堂が、それぞれの鞍上でいった。
スー族の戦士たちは、前方、10間ほどの差をおいて駆けている。
乾燥している大地。馬脚が起こす土煙は、後ろを追う土方らを覆い、頭髪やシャツやズボンを土色にかえた。
「おれたちのなかに、名に馬をつかってる者はいるか?」
「いやー、いないですよ・・・。うん、いない」
永倉の問いに市村が答えた刹那、「鉄っ!」と幾人もの、厳密には相馬以外の叫びがかぶった。
「えっ?」
市村は、へらへら笑っているだけで気がついていない。
「おお、そうだったな。たしか、相馬ってのは平将門が野生馬を開放し、軍の鍛錬をおこなったのがもとだったか?」
永倉の薀蓄に、相馬は顔を輝かせた。
「新八兄がご存知だとは・・・」
「いったいどういう意味だ、ええっ主計?おれがしってちゃおかしいってのか?」
苦笑しつつ文句をつける永倉。ほかの者も笑っている。
「っていいたいところだがな・・・。じつは、おめぇが入隊してきたときに、相馬ってのはどこの生まれか?みたいな話になったんだ、あいつと。そんときに、あいつが相馬の名の由来を教えてくれたってわけだ・・・」
永倉は、そういって指先で顎鬚をかいた。伸ばしはじめたそれは、どうみても無精髭にしかみえなかった。
全員が意外に思ったのはいうまでもない。永倉がそんな雑学を覚えていた、ということをだ。それほど、坊の伝え方がうまかったのか、あるいは印象的だったのか・・・。
その全員の意外な気持ちをよんだ永倉の眉間に皺がよったが、すぐにまたそれも苦笑にとってかわる。じつは、自身でも意外だったのだ。覚えていた、ということが。
「副長、思えば、あいつはなんでもしっていた。おれも馬鹿だったよ。十歳の餓鬼がしってるわけもないことを、おれはただ感心してきいていた。なにゆえしっているのか、ということなど一度たりとも疑問に思わなかった・・・」
金剛の鞍上から、永倉は富士を、それからその鞍上の土方に視線を送った。
絡みあう両者の視線・・・。
「あぁそうだな、新八・・・」
ややあって土方が呟くように応じた。
「あいつはなんでもしっていた。書物、きいたこと、みたこと、一度みききしたことはけっして忘れやしない。そして、知識を得ることに貪欲だった。それは、餓鬼の好奇心なんて域じゃねぇ。すべてを自身の糧にせんが為だ・・・」
土方は、永倉から視線をはずした。それから、それを前方の土煙のなかのスー族の騎手たちにおくった。
「だがな新八、気がつかなかったのはおれもおなじだ。おれなどどうだ?京では新撰組の活動やら、要人たちとの付き合い方やらをさんざん助言してもらい、会津や蝦夷では、軍事などの助言をもらった。それだけじゃねぇ、実際の戦術戦略のほとんどがあいつのたてたものだ」
「常勝将軍、負けをしらぬ陸軍奉行並・・・。勝つためだけでなく、負け戦のそれをたてるのも抜群でした。これはもう、世界をまわってきた「竜騎士」というだけでは、到底かたづけられない知識や経験です」
土方とおなじく、それらをさんざんみてきた相馬の言はおもい。
みな、それぞれの鞍上で頷いている。
「新八、おめぇの思ってることは違うぞ」
不意に土方がいった。永倉のまことの想いをよんでいたからだ。
「なにゆえか?をしったところで、おれたちにはどうしようもなかった」
「副長のおっしゃるとおりです。あいつのことを、過去や真実をしったところで、あいつを、あいつがなすべきことに変化も修正もなかった・・・」
斎藤の言もまた、土方の懐刀としてあいつとともにやってきただけにおもい。
「あいつが死ぬことにかわりはなかった。思いとどめることなどできやしなかったんだからな・・・」
土方は、視線を永倉に戻しながら呟いた、否、正確には、それは馬蹄の響きにかき消されていた。ゆえに、全員が感じた。
「副長、そろそろいきましょう。伊吹だけでなく富士だってもっととばしたがってます。名前はどうあれ、ようは強けりゃいいんですよね?」
市村だ、陽の光の下、青年の域に入りかけている相貌には、まだまだ子どもっぽい笑みが眩しいくらいだ。
「そうだな・・・。鉄、おめぇら餓鬼どもには案ずることなどなにもない。まことにいい子らだ、おめぇらはよ」
「ええっ?」市村は、土方に思いもかげずほめられことに、かえって薄気味悪く感じたのだろう。雨が降りだしやしないか、と天を仰いだ。
「で、そうまって馬って字書くの、主計兄?」
「鉄っ!」あいかわらずの市村。そして、先生役の相馬の叫び・・・。
土方らは、それぞれの想いにとらわれながらスー族の戦士たちを追い上げはじめた。




