表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

408/526

馬のつく名前

「スー族の戦士たちは、物心ついたときから馬に慣れ親しんでいるですよね?」

「だいたい、「かれの奇妙な馬」っていう名を継いでいることじたい、馬ときってもきれない縁ってこったろ?」

「しかも、馬を盗むのが遊び、とかないよな?」

 相馬、永倉、藤堂が、それぞれの鞍上でいった。

 

 スー族の戦士たちは、前方、10間ほどの差をおいて駆けている。

 乾燥している大地。馬脚が起こす土煙は、後ろを追う土方らを覆い、頭髪やシャツやズボンを土色にかえた。


「おれたちのなかに、名に馬をつかってるもんはいるか?」

「いやー、いないですよ・・・。うん、いない」

 永倉の問いに市村が答えた刹那、「鉄っ!」と幾人もの、厳密には相以外の叫びがかぶった。

「えっ?」

 市村は、へらへら笑っているだけで気がついていない。

「おお、そうだったな。たしか、相馬ってのは平将門たいらのまさかどが野生馬を開放し、軍の鍛錬をおこなったのがもとだったか?」

 永倉の薀蓄に、相馬は顔を輝かせた。

「新八兄がご存知だとは・・・」

「いったいどういう意味だ、ええっ主計?おれがしってちゃおかしいってのか?」

 苦笑しつつ文句クレームをつける永倉。ほかの者も笑っている。

「っていいたいところだがな・・・。じつは、おめぇが入隊してきたときに、相馬ってのはどこの生まれか?みたいな話になったんだ、あいつと。そんときに、あいつが相馬の名の由来を教えてくれたってわけだ・・・」

 永倉は、そういって指先で顎鬚をかいた。伸ばしはじめたそれは、どうみても無精髭にしかみえなかった。

 全員が意外に思ったのはいうまでもない。永倉がそんな雑学を覚えていた、ということをだ。それほど、坊の伝え方がうまかったのか、あるいは印象的だったのか・・・。

 その全員の意外な気持ちをよんだ永倉の眉間に皺がよったが、すぐにまたそれも苦笑にとってかわる。じつは、自身でも意外だったのだ。覚えていた、ということが。


「副長、思えば、あいつはなんでもしっていた。おれも馬鹿だったよ。十歳とおの餓鬼がしってるわけもないことを、おれはただ感心してきいていた。なにゆえしっているのか、ということなど一度たりとも疑問に思わなかった・・・」

 金剛の鞍上から、永倉は富士を、それからその鞍上の土方に視線を送った。

 絡みあう両者の視線・・・。


「あぁそうだな、新八・・・」

 ややあって土方が呟くように応じた。

「あいつはなんでもしっていた。書物、きいたこと、みたこと、一度みききしたことはけっして忘れやしない。そして、知識を得ることに貪欲だった。それは、餓鬼の好奇心なんてレベルじゃねぇ。すべてを自身の糧にせんが為だ・・・」

 土方は、永倉から視線をはずした。それから、それを前方の土煙のなかのスー族の騎手たちにおくった。


「だがな新八、気がつかなかったのはおれもおなじだ。おれなどどうだ?京では新撰組の活動やら、要人たちとの付き合い方やらをさんざん助言アドバイスしてもらい、会津や蝦夷では、軍事などの助言アドバイスをもらった。それだけじゃねぇ、実際の戦術戦略のほとんどがあいつのたてたものだ」

「常勝将軍、負けをしらぬ陸軍奉行並・・・。勝つためだけでなく、負け戦のそれをたてるのも抜群でした。これはもう、世界をまわってきた「竜騎士ナイトオブドラゴン」というだけでは、到底かたづけられない知識や経験です」

 土方とおなじく、それらをさんざんみてきた相馬の言はおもい。

 みな、それぞれの鞍上で頷いている。


「新八、おめぇの思ってることは違うぞ」

 不意に土方がいった。永倉のまことの想いをよんでいたからだ。

「なにゆえか?をしったところで、おれたちにはどうしようもなかった」

「副長のおっしゃるとおりです。あいつのことを、過去や真実をしったところで、あいつを、あいつがなすべきことに変化も修正もなかった・・・」

 斎藤の言もまた、土方の懐刀としてあいつとともにやってきただけにおもい。


「あいつが死ぬことにかわりはなかった。思いとどめることなどできやしなかったんだからな・・・」

 土方は、視線を永倉に戻しながら呟いた、否、正確には、それは馬蹄の響きにかき消されていた。ゆえに、全員が感じた。


「副長、そろそろいきましょう。伊吹だけでなく富士だってもっととばしたがってます。名前はどうあれ、ようは強けりゃいいんですよね?」

 市村だ、陽の光の下、青年の域に入りかけている相貌には、まだまだ子どもっぽい笑みが眩しいくらいだ。

「そうだな・・・。鉄、おめぇら餓鬼どもには案ずることなどなにもない。まことにいい子らだ、おめぇらはよ」

「ええっ?」市村は、土方に思いもかげずほめられことに、かえって薄気味悪く感じたのだろう。雨が降りだしやしないか、と天を仰いだ。


「で、そうまって馬って字書くの、主計兄?」

「鉄っ!」あいかわらずの市村。そして、先生役の相馬の叫び・・・。


 土方らは、それぞれの想いにとらわれながらスー族の戦士たちを追い上げはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ