火蓋はきられた!
規則はいたって単純だ。
5マイル(約8Km)ほど先に、大きな枯れ木が立っている。そこを折り返しとし、戻ってくる。10マイル(約16Km)の距離を、二十頭が駆ける、というわけだ。
「そうだな、せっかくだ。神様方は神様方どうし競ってもらうことにして、人間のなかではいいところにつきたいよね?、ね、一君?」
藤堂は、いつものごとくおどけた調子で隣の剣の鞍上の斎藤に声をかけた。
生真面目な斎藤は、剣の集中力が殺がれるのでは、と敬愛する土方ばりに眉間に皺を寄せた相貌を藤堂に向ける。
「当然だ。われわれの騎馬は速い。やるからには全力をもって相手を打ち砕く」
「物騒なことをいうね、一君。これが総司だったら、「さすがは「土方二刀」、なんて嫌味を繰りだしてくるところうだろうな」
「やかましいぞ、平助。おまえ、そうやって他の人馬の集中力を乱そうってんだろう?あいかわらず狡いやつだな」
すこし離れた位置で、伊庭と厳周と並んで金剛を立てている永倉が吠えた。
「ええっ?そんなせこいことしないよ。那智ははやいからね。そして、騎手がいい・・・」
「そんなことよりも、すごいな。向こうの神様方、やる気満々だ・・・」
藤堂にかぶせ、伊庭が比叡の鞍上でいった。その視線は、スー族の十頭のほうに向けられている。
たしかに、向こうからなんとも形容のしがたい強いなにかを感じる。
「われわれは、われわれなりに健闘するだけだ。相棒に負担がかからない程度にな」
斎藤がしめたところで、この競べ馬の主催者である原田が開始線上で右の腕を青空へと振り上げた。
人馬の息遣いだけが、静寂満ちる大地にたゆたっている。
「開始!」
原田の長い腕が振り下ろされた。
そして、ついに「スー族VSサムライ」の決戦の火蓋がきって落とされた。
開始直後、一団から飛びだしたのは、無論、神様方である。サムライのほうではなく、スー族のほうの。
「偉大なる呪術師」の馬たちは、まるで空を駆ける天馬のごとく、軽やかに疾走してゆく。
空に二つの黒点があらわれた。朱雀と桜だ。黒点は、あっという間に人馬の頭上に達し、そこで円を描いたが、人馬の向かう方角へと飛び去った。
「義兄上、壬生狼、息子を頼みます。先にいってください。走りを愉しんでください!」
富士の鞍上から土方が叫ぶと、金峰の鞍上の厳蕃は、自身の甥をちらりとみてから頷いた。
「そちらこそ。厳周やみなが無茶をせぬよう頼むぞ」
「こちらのことはお案じ召さるな。息子よ、いってこい。存分に駆けてくるのだ」
「はい、父上」
鞍どころかラグさえもおかぬ四十の上で、土方の息子は父親に眩しいまでの笑顔をみせた。それから、四十に速度をあげるようお願いする。
同時に、金峰と白き巨狼も速度をあげた、
スー族の神様方を追うように、三人はあっという間に駆けてゆく。
「さぁ富士よ。走りを愉しもう」
土方は、その三人の姿が遠ざかるのをみつつ、富士を仲間たちへ近づけていった。