いざっ!雷(いかずち)に打たれよ
異国からやってきた武士たちは、その颯爽とした挙措を意外な面持ちで眺めていた。
市村などは、そのあまりにも颯爽とした騎乗ぶりに、「うわっ!やな感じ」と口中で毒づき、慌てて心中であらぬことを考え、ごまかさねばならなかった。
『ふんっ!だいたい、人間は瞳に頼りすぎるのだ。皺くちゃ腰曲がりが、なにゆえ騎乗できぬと結びつける?なにゆえ乗馬できぬと決めつける?』
十頭の騎馬たちの前を、白き巨狼がゆっくりといったりきたりしつつ、苦言を思念で送った。
「ふつうは、あんだけ歳とってりゃ馬になぞのらんものだ。すくなくとも、日の本では、ああいうことを「年寄りの冷や水」っていう・・・」
「やめとけ、新八っ!」
土方は、永倉の嫌味を途中でさえぎった。
「しらねぇぞ、新八。雷に打たれでもしてみやがれ、金剛がかわいそうだろうが」
土方は、十間(約18m)ほど先で、クレイジー・ホースをはじめとしたスー族の代表騎手たちと駒を並べている「偉大なる呪術師」たちにさりげなく視線を向け、口中で呟いた。
「いや、ちょっとまってくれ副長っ!」
『それは違うぞ、わが主よ』
人獣の言の葉がかぶった。
「雷に打たれて、金剛だけがかわいそうってどういうこった?」
「あたりまえじゃねぇか、ええっ?とばっちり喰う金剛の身にもなってみやがれ。それに、金剛はうちの馬たちのなかでもその俊足は上位だ。おめぇ、てめぇの脚で金剛ほどはやくはしれるってのか、新八?」
土方の非情なまでのいいがかりに、ほかの騎手たちは肩を震わせて笑い、騎馬たちもまた分厚い唇を震わせて笑った。金剛は、唇だけでなく両の耳朶を盛大に動かして笑っている。
『馬鹿なことを申してくれるな、わが主よ』
そのとき、白き巨狼がふたたび否定した。永倉は、かばってくれるのかと感謝の念と視線を、そのふさふさもふもふの塊へと向けている。
『「がむしん」が雷に打たれることはない』
白き巨狼は、そうきっぱりと断言した。その場にいる全員が、鞍上からその白き狼をみおろしている。そして、注目を集めたことを確認してから、白き巨狼は満足げに一つ頷き、言をつづけた。
『朱雀は風を操る。そして、玄武は大地だ。雷を操るのは・・・』
告げる思念の強さは、じょじょに弱くしてゆく。いまや全員が自身の騎馬から体躯をのりだしていた。
『わが正妻だ・・・』
消え入りそうなほどの思念・・・。
ああ、あれ、ね・・・。
全員が先夜、晴れ渡った夜空に突如として鳴り響いた雷鳴を思いだした。
「ちょっとまってください。そもそも、そこでもないでしょう?」
厳周が冷静な声音で突っ込むまで、全員が鞍上で考え込んでしまっていた。
『おいおい「鬼組」、とっとと位置についてくれ』
その機で、原田の英語による怒鳴り声が飛んできた。
『「鬼組」?』
その怒鳴り声に、幾人かが頚を傾げたのはいうまでもない。
すでにスー族の代表騎手たちは開始線で位置についている。
異国からやってきた武士と白き巨狼は、慌てて並んだのだった。




