一番人気は?
『なにあれ?すごい人気だよね?』
『おそらく、ふだんはティーピーからでないから、めずらしいんだろう?』
『それが競べ馬をやろうってんだ、すごいことに違いない』
沖田、藤堂、永倉の視線の先には、スー族の人たちによる人垣ができている。無論、その中央にいるのは、「偉大なる呪術師」たち。二人は、人垣の中心にあり、その声援や崇拝の言の葉を一心に受けていた。
「びびってんのか、新八、平助?「偉大なる呪術師」かなにかしらねぇが、糞をひったり、女子としたりする、おれたちとおなじ人間だろうが?」
三人の背に、日の本による言の葉がぶつかった。
「おいおい左之、やめとけ。そりゃあまりにも不遜すぎるぞ」
「しんぱっつあんのいうとおりだよ、左之さん。ど偉い僧侶に糞ひりの助兵衛っていってるようなもんじゃない」
「平助、僧侶そのものが怪しいよ。戒律破ることはままあるし、それどころか欲にまみれまくってる」
「あのなー総司、僧侶の道徳を問うてる場合か?それに、僧侶と呪術師ではそもそもの役割や意義が違うだろうよ」
「おなじようなものだよ、新八さん・・・」
「おいっ、「四馬鹿」、いいかげんにしておけ。いくら日の本の言の葉で囁きあおうが、むこうにはだだ漏れだ」
あらたな日の本の言の葉。
土方である。
「「四馬鹿」って、副長、数の数え方までわからなくなったのですか?そのぶんでは、梅の花も一輪ではなく二輪にみえてしまうのでは?」
「馬鹿総司っ!」
土方は、沖田の挑発にのって怒鳴ってしまってからはっとした。
それまで嘶いたり歩いたりしていたすべての馬の動きが、いまではすっかりなくなっていた。すべてが止まっていた。
スー族の人たちが、土方らに注目した。無論、その中央にいる「偉大なる呪術師」たちですら、皺くちゃの相貌を向けている。もっとも、表情が乏しい上に皺くちゃであるため、驚愕の表情が浮かんでいたとしても、それを認知することはできなかったが・・・。
美しいまでの音色による指笛が、静寂が横たわる一堂の間を駆けてゆく。すると、馬たちにすべてが戻り、ついで人間のそれも戻った。
「兎に角・・・」
土方は、咳払いを一つしてから眉間に皺をよせてつづけた。
「くだらねぇことばっかりいってんじゃねぇ。「偉大なる呪術師」は、神様とおなじだ。すくなくとも、インディアンにとっては神様と同格のようなもんだ。それを糞だの助兵衛だのと・・・。天罰がくだってもしらねぇぞ。いいから、新八、平助、さっさと騎乗しろ」
「ほらみろ総司っ、叱られたじゃないか。あーあ、天罰でもくだったら、総司のせいだからな」
「なに餓鬼みたいなことをいってるんだ、平助?天罰がくだりそうになったら、うちの神様方に護ってもらえばいい・・・。おっと、冗談ですよ、副長」
「鬼の一睨み」に、両の肩をすくめ、そそくさと退散する沖田。原田もまた、お小言がとんでくるまえに、さっさと去っていった。
「あの曲がった腰で騎乗できるのか?おれは、そっちのほうが案じちまうがね」
永倉の囁きである。
たしかに、腰が曲がっている。みるかぎりでは、脚も達者なようにはみえない。そもそも、呪術師が馬に乗ってどうのこうの、ということはないだろう。
無茶苦茶なことを押しつけたに違いない・・・。
土方は、そうあらためて思った。
だが、「偉大なる呪術師」は、土方が頼んだ際にいやな顔一つしなかった。それどころか、意外にも「いいぞ」と即答した。ゆえに、存外あっさりと実現したのだ。
まあいい、か・・・。いまさら悔やんだり畏れいったところではじまらない。
いずれにしても、かれらの相手は土方らではない、のだ。
だからこそ、かれらも即座に了承したのだろう。
土方は富士に、永倉は金剛に、藤堂は那智に、それぞれ騎乗し、開始線近くで待っているほかの騎手たちのもとへと駒をすすめた。




