ファンファーレ鳴り響く直前
集落がそうぞうしい。それはそうであろう。おそらく、これまでにこんなことは一度たりともなかったはずだ。
集落のなかでもひときわ大きいティーピーから、「偉大なる呪術師」たちがあらわれたとき、その周囲に集まっていたスー族の民たちから畏敬の呻き声が漏れた。
土方の周囲に出走する騎手たちが集まり、額を寄せ合っていた。正確には、土方自身の義理の兄と息子以外だ。
永倉、藤堂、斎藤、相馬、市村、伊庭、そして厳周・・・。
『それぞれの騎馬に、義兄と息子がはっぱをかけている。ただし、無理をするなともいっている。おれたちはおれたちで競い合う。この意味わかるか、鉄?』
不意に土方に問われ、市村は『へ?』、といったきり瞳を雲一つない晴れ渡った空へと向けた。
『平助、おめぇはどうだ?』
つづけて問われた藤堂も、『は?』と市村と似たり寄ったりの反応を示した。
『向こうの二名とこっちの二名、これは別格だ。おれたちは残る八名と競う。各々(それぞれ)、相棒にけっして無理させるな。いいな、平助、鉄?』
『承知』
藤堂も市村も、わかっているのかわかっていないのか、兎に角同時に了承した。
『おいおい、主戦力を忘れてはおらぬか、わが主よ?』
その思念に、全員が振り返ると、白き巨狼が悠然と近寄ってくるところであった。
『おうっそうだった、壬生狼。だが、神様は神様同士、あー、そうだな、息子らと愉しんでやってくれればいい・・・』
『息子らだと?あんなよぼよぼどもが息子らだと?競べ馬ごときで、いちいちうちなるものがでてくるものか。呪術師の力だけで充分であろう・・・?』
『なんだ、いまの間は?いまの最後の間はなんだったんだ?』
永倉の突っ込みに、白き巨狼の口吻が歪んだ。
『どうやら、上二人は、下二人の依代を気にいったようでな・・・。もしかすると、ということがあるやもしれぬ、と思うてな』
『ならば、しっかり見張っていてください』
厳周だ。白き巨狼は、鷹揚に頷いた。
『では、ゆくぞっおめぇら!』
その機で、土方は格好よくにしめたのだった。
「みんな、大丈夫。みんなの脚は速い。わたしたちの信頼するみんなだ。ただ一緒に走りを愉しもう。苦しかったりどこか痛かったりしたら、すぐに速度を落として走ることをやめて。いいね?」
十頭の騎馬の中心で、幼子は全頭の精神に直接語りかけた。その幼子の横には、伯父が憮然とした表情で立っている。
「四十、金峰、いいね?わたしたちを信頼し、ただ愉しむだけでいい。あとは、わたしたちがどうにかするから・・・」
幼子は、伯父などそこに存在しないかのように振る舞った。四十、それから金峰の鼻面に自身の額を寄せ、やさしく語りかけてゆく。その祝福を授けてもらおうと、ほかの馬たちもわれさきにと幼子に迫った。
「ふんっ!」これみよがしに鼻を鳴らす伯父を、幼子はどこ吹く風でやり過ごしたのだった。
『さあ、そろそろやったろうじゃないかっ』
なにゆえか、この場の采配を振るう原田。
臨時の出発地点に、棒で書かれた線上に、二十頭が並んだ。
「スー族VSサムライ」杯は、もう間もなく開幕する。




