口撃と守勢(だんまり)
「副長、入りますよ」
「叔母上、入ってもよろしいでしょうか?」
島田と厳周は、土方のティーピーの前で幾度も呼びかけなければならなかった。いつおわるともしれぬ諍い。否、一方的な口撃である。攻められている側は兎も角、攻めている側は二人の来訪に気がついているはずだ。それでもなおつづけているのは、部外者に邪魔をされたくないという意思表示なのか、あるいは邪魔など歯牙にもかけぬからなのか。
島田と厳周は、相貌をみあわせた。同時に、両の肩を竦めた。それくらいしか反応のしようもない。
「強行突破、だな。厳周、お先にどうぞ」
「ええっ?」厳周は戸惑った。「いえ、わたしは日の本の慣習を重んじております。ここは、年長者から」
やり返され、島田は苦笑した。ごつい相貌に諦めの笑みを浮かべ、島田は玄関がわりのバッファローの革の垂れ幕に掌をかけようとした。
その瞬間、それがまくれあがった。無論、内側からだ。
「副長?」「叔父上?」
突如あらわれた土方をみ、二人は同時に呼びかけていた。
控えめにいっても、土方は憔悴しきっていた。
「入れ。入ってくれ、二人とも。ともに・・・」
ティーピーの入り口で、両の腕を上げて二人を歓待する土方。それはまるで、待ち人がようやくやってきてくれた、とでもいっているようだ。否、たしかにそういっているのを、二人はよむことができた。
「あなたっ!どういうことなのです。話の途中で座をはずすとは、無作法でございましょう?」
そして、よんだのは来訪者だけではない。ティーピーの中央に敷かれた敷物の上で正座している信江もまたよんでいる。すかさず叱咤が飛んできた。
「こいつらにいつまでも玄関先でまちぼうけを喰わせるわけにはいかぬので・・・」
「いまの話が終われば、わたしが招き入れるつもりでございました。いつまでも待たせるつもりはありませぬ」
「だが、その話がいつ・・・」「なにをおっしゃるのですっ。それはあなたがちゃんときいていらっしゃらないからでしょう」
ことごとく言の葉をかぶせられ、それでもなお夫の矜持を必死に繋ぎとめている土方の背をみつつ、いまだ外に立たされている島田と厳周は、またしてもそっと互いの相貌をみた。
(「鬼の副長」って呼ばれていたのですよね?怖れられていたのですよね?)
京にいた時分部外者だった厳周は、みる影もないその土方の様子に、つい確認をしてしまう。
(「鬼の副長」ってのは、あまたの不逞浪士やら新政府軍やら、新撰組の敵だった連中に、それはもう畏怖されたものだ)
島田は自身再確認しつつ、部外者だった若者に教えてやった。
「どういう意味なのです、二人とも?兎に角、そんなところに突っ立ったままでは、ご近所にどう思われるかわかりませぬ。さっさと入ってください」
ぴしゃりと言の葉を叩きつけられ、慌ててなかに入った二人。なにゆえか、信江のまえ、土方と並んで胡坐をかかねばならなかった。
これでは、ともに口撃にさらされることになる。
焦燥するものの、言の葉を口唇の間からだす勇気もない。しれず、島田と厳周は肘で互いをこづきあっていた。
そして、気がつくと信江に叱られていた。土方のこと、厳蕃のこと・・・。
「その、姐御・・・」
「あの、叔母上・・・」
敷物を敷いているとはいえ、尻が痛くなってきた。ようやく、信江の口撃にわずかに余白ができた。その機で、島田と厳周は同時に言の葉を発した。
よくぞこれだけの長時間、姐御は、あるいは叔母上は正座していられるものだな、と感心しつつ。




