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藁にもすがりたい

「おいおい義弟よ、わたしが判断すべきことではない。責任をすべておしつけるつもりはない。相談にはのるし、助言アドバイスもさせてもらう。だが、最終的には義弟よ、おぬしが決断せねばならぬ」

 競べ馬を翌日に控えた前夜、鍛練の場に土方がやってきた。

 鍛練は、集落より十町(約1キロ)ほど離れたところでおこなっている。草も木も、石ころ一つないただの荒野だ。

 三剣士、つまり永倉、沖田、斎藤、それに伊庭と厳周、この五名に指導する厳蕃に、土方は助言アドバイスを求めた。否、単刀直入に結果を要求したのであった。


「なれど義兄上あにうえ、正直なところ、どうすればいいのか決断を致しかねます」

 土方は、めずらしく当惑したように訴えた。

 いかなる事象でも的確に判断し、指示することのできる「鬼の副長」も、自身の息子のこととなるとかたなしだ。

 厳蕃は苦笑した。厳蕃自身の子、つまり、厳周は幼少より父厳蕃を困らせるようなことはなかった。それを思うと、厳周は困らせることのないよう、自身で自身を律していたのだろう。否、それはいまでもつづいているはずだ。

 幼い時分ころより、尾張柳生の次期当主として、いい子であらねばならぬことを、厳周は自身に課していたのだ。厳蕃自身がそうであったように・・・。


「いっそ、おれたちも同道すれば?」

「お?面白そうだな、総司?おれたちもいっしょに武者修行か・・・。それだったら、全員が相手にことかかねぇしな」

「ですが、それならばここでやってもいいわけですよね、新八兄?」

「厳周のいうとおりだ、しんぱっつあん」

 永倉の提案に、厳周、ついで伊庭が突っ込んだ。

「おいおい、おれは、それだったら副長も安心だろうと思っただけだ」

「ふふっ、それはどうでしょうかね?おれたちがついていったほうが、よっぽどやばいと思いますよ」

 沖田は、そういってから両の肩をすくめた。

 すぐにでも土方の叱責がとんでくるものと思ったのだ。

 が、土方はそれが耳朶に入らなかったかのか、指を顎にあてて考え込んでいる。


「まてまて、武者修行というのは、通常一日や二日で終わるものではない。それこそ何年もかけて諸国を巡るものだ。否、何十年とかけることもある。主力がごっぞり抜けてしまって、その間に戦でもおこってみろ。残った者だけでどうにかできるのか?」

 厳蕃がいった。それでも土方はまだ考え込んでいる。

「おいおい義弟よ、まさかおぬしまでいっしょにいくというのではあるまいな?」

「だったら、それこそ武者修行ではなくなりますよ。坊は、親から離れたいのでしょう?」

 沖田の身も蓋もないその推測に、厳蕃ははっとした。

 否、伯父からも離れたがっている・・・・。厳蕃には確信に近いものがあった。刹那、こめかみに鈍い痛みが走った。その痛みは、よりいっそう厳蕃の不安と焦燥を煽る。


義弟上あにうえ?どうかされましたか?」

 はっとすると、土方のが厳蕃のそれをじっとみていた。

 まるで心の奥まで見透かすようなその濃いに、厳蕃は鼻白んだ。

「い、いや、なんでもない・・・。妥協できればそれにこしたことはない。それは、ここにいる者の希望も含めて、だ」

「柳生の大太刀」のことだ。永倉らが挑戦したがっていることについて、それも厳蕃にとっては問題なのである。


「親から離れたい、か・・・」

 土方は呟いた。いつかはくる子の親離れ。ニックの農場で厳周に尋ねられた。そのときには、自身の息子が死んだ坊を演じたすぐ後のことだったこともあり、そんなことは許さないと思った。だが、あれから月日が経ち、あのころよりかは自身の息子としてみ、感じられるようになっていた。

 息子の望みはあいつのそれとは違う。息子の望みを頭ごなしに否定するのは、親のわがままでしかない・・・。


 結局、解決策どころか結論の糸口すらみつけることができなかった。

 土方は、むなしく自身のティーピーへ戻るしかなかった。

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