選抜騎手
『案ずるな、テツ。これは女性蔑視という観点ではないが・・・』
土方は、立ち上がり、全員を、正確には女子二人以外をみまわしながらいった。
最初にいいわけするところが、土方は自身でおかしくなった。
『むこうが提示してきたのは、漢だけだ。無論、おれも漢しか提示しちゃいねぇ』
妻とその愛弟子の視線が痛い。土方は、それらから逃れるようにゆっくりとあゆんだ。
『で、だれが?クレイジー・ホースはいったいだれを提示したんだよ、副長?』
『もったいぶっていないではやく教えてよ、副長?』
『副長、とっとといってくれや』
『三馬鹿』だ。永倉、藤堂、原田がいうと、土方は両の肩をすくめた。
『いっておくが、ただ漠然と不特定に選出するのもどうか、と思ってな。それはあちらもおなじだろう?ゆえに、イスカとワパシャが相談役として、両方に助言した。つまり、互いの情報を伝えたというわけだ。おれとクレイジー・ホースは、その情報をもとに、選んだわけだ』
『だから、いったいだれが選ばれたんです、「豊玉宗匠」?ここまでひっぱいといて面白くない人選だったら・・・』
『総司、だまっていろ。副長の句作以上にまずい結果にはならぬ』
沖田が茶化す内容をよみ、土方の守護神の一人である斎藤が冷静にいい放った。
その内容に、護られたはずの土方の眉間の皺がさらに濃くなったのはいうまでもないが、全員が驚愕した。無論、いい放たれた沖田もだ。
『斎藤・・・?』土方は、口中で自身の懐刀の名を呟いていた。
思えば、ずっと昔、試衛館にいた時分より、斎藤はなにかと土方のことを護ってくれていた。それは、刃による攻撃は別とし、どれもことごとく微妙にずれている気がする。当人に悪気はないはずだ。それどころか、自覚すらないはずだ。ゆえに、よりいっそう厄介なのだ。
『一さん、ご立派ですよ。さすがは「土方二刀」の一振り。脱帽です。ええ、この口唇をしっかりと閉じておきますよ』
にやにや笑いで敗北宣言をする沖田に一瞥をくれると、斎藤は満足げに頷いた。それから、土方へ視線を向けると、無言で先を促した。
全員が俯き、肩を震わせ笑いを噛み殺すなか、土方は尊大とはほど遠い、微妙な表情でつづけた。
『クレイジー・ホースが提示した十名だ。フランク、新八、平助、テツ、主計、八郎、厳周、そしておれ・・・』
名を呼ばれた者は、おおいにわいた。
『あれ?二名足りませんけど・・・。ああ・・・』
指を折って数えていた玉置は、そういいかけてやめた。得心がいったように一つ頷いた。
『あとはわざわざいうまでもなかろう?』
引き継いだ土方の言とともに、全員が残る二名に視線を向けた。
『で、「豊玉宗匠」はいったいだれを?とはいえ、クレイジー・ホース以外は、名をいってもらったところでわかりませんけど・・・』
『ああ?たしかにそうだな、総司?だが、二名だけはみながしってる者を選んだ。で、わざわざおれが頼みにいった。どうせなら、うちの名騎手と互角に競える者じゃねえと不公平だろう?なにより面白くねぇ・・・。なぁ左之?』
つぎは、全員が原田に注目した。『なにも好んで条件を背負うこたねぇだろうによ、副長?勝ち戦だったのに・・・』
ぶつぶつと不平をたれる原田を横目に、土方は自身の息子の座椅子がわりを務めている白き巨狼と視線をあわせた。
『壬生狼、特別に参加してくれ、とよ。息子らと存分に駆けっこしてくるといい』
『よかったね、父さん?』
背を預ける幼子がみ上げて微笑むと、白き巨狼はふんっと鼻を鳴らした。
『なにが駆けっこだ。自身の脚で駆けるのは、わたしだけではないか』
文句をたれる白き巨狼。
人間は、とんだ競べ馬になったものだ、と戦慄したのだった。