大和撫子の本質とは?
『それぞれ十名ずつ出走する』
仲間たちをまえにし、土方はおごそかに告げた。夜、土方らは、いつものように焚火を焚き、そこで夕食をとり、それからくつろいでいた。
スー族は、それぞれのティーピーで食事をとる。獲物の収穫があった際には、女たちが総出で解体し、切り分け配分する。あるいは、なにかの祭りなどがある際には、やはり総出で作業する。それ以外は、それぞれのティーピーが生活の場となる。
土方らのティーピーは一塊に配置しているが、その周囲にはなにもない。ゆえに、そこで食事、鍛練、作業、といったことをする。ティーピーを使うのは、眠るときくらいだろう。
イスカとワパシャは、自身らの家族らと過ごすよりも、土方らと過ごすことを選んだ。そして、おなじ場所に、手慣れた様子でティーピーを作った。
『だれが出走するかについては、おれがスー族の代表を、クレイジー・ホースがおれたちの代表を、それぞれ選ぶことになった』
『ええっ?それだと、もしかしたらケイトが選ばれるかもしれないってこと?』
市村だ。最近、ケイトに集中攻撃されているので、かのじょを怖れる一方で、好敵手視しているようだ。
『悪いかしら、兄さん?そうね、乗馬も曲乗りも、わたしのほうが上手かもしれないわね?』
しれっと嘯くあたりは、さすがは信江の愛弟子だけはあろう。
『そ、そんなことない!そんなことないぞ、ケイト?』
ぴょこんと立ち上がり、体躯全部をつかって否定する市村。が、どうにも勢いがない。
それはまるで、信江と厳蕃であった。
その様子を、微笑ましいというよりかは、気の毒そうにうかがう漢たち。
『信江、大和撫子を叩き込む、と申しておらなんだか?それとも、わたしのきき間違いであったか?』
その漢たちの一人である厳蕃は、篝火をはさんでむかいに座している妹に尋ねた。
ああ、そういえば・・・。
信江の右隣に座す土方、左隣に座す厳周は、たしかにそれをきいた。
そのとき、「鬼の副長」をもいちころにした信江の美しい相貌に、不敵以上の笑みが浮かんだ。
『たしかに申しました、兄上。そして、わたしは実践しております。それがなにか?』
その挑戦状のごとき言の葉は、焚火の炎をものともせず、兄厳蕃へと叩きつけられた。
兄の眉間に皺がよる。無論、叩きつけた信江の夫のそこにも、すでに皺がよっている。
『総司、すまないが、妹に大和撫子の意味を教えてやってくれぬか?』
『ええっ?』
不意にふられ、さしもの言の葉の先生である沖田も鼻白んだ。
意味がわからぬのではない。それを教える相手が問題なのだ。
なんて狡い・・・。人間も獣も思った。
『なれば、愛弟子にさせましょう』そして、沖田も狡かった。
『わが一番弟子よ、おまえの母に教えて進ぜよ』
『ええ?』篝火から一番離れたところに育ての親と並んで座している、幼子の小さな体躯が文字通り跳ね上がった。
そして、しばしの沈黙の後、幼子はようやく小さな口唇を開いた。
『それは、母信江の御心。それこそが大和撫子の本質です』
一番狡かった。
女性陣の勝ち誇った笑声が夜のしじまを斬り裂くなか、土方は自身がなにをいいたかったのか、すっかり忘れてしまっていた。
 




