葡萄酒と飲兵衛たち
イスカやワパシャがそうであるように、いったん胸襟をひらくとスー族の人たちはあれこれと気にかけてくれたり、世話を焼いてくれるようになった。
だが、けっして一線はこえない。馴れ馴れしくならない。詮索もしない。
ゆえに、付き合うにはある意味最適で心地よいともいえる。
クレイジー・ホースが葡萄酒の壜を幾本かもってきた。
それをみたイスカは、「どうしたのか?」ときいた。すると、クレイジー・ホースは「「精霊の導き」によるもの」と悪びれずにこたえた。
「精霊の導き」とは、単身で四昼夜聖なる山や地で飲まず喰わずで過ごし、精霊からの啓示を得るという、いわゆる成人を迎える為の儀式のことだ。
なにゆえ四昼夜かというと、四という数がインディアンにとっては聖なる数字だからである。
スー族をはじめとしたインディアンは、一部をのぞいて酒造の文化はもともとない。
飲酒という文化を持ち込んだのは、無論、白人たちだ。そして、白人たちはそれを利用した。住むところや生活、仕事、あらゆることを奪われたインディアンは、飲酒をしった。そうなると、あとは真っ逆さまに落ちるのみ。
時間以外のすべてを奪われたインディアンは、それにのめりこんだ。すべてを忘れさせてくれる酒に溺れた。
これは、百五十年以上経ったいまでも、アメリカでしばしばあげられる社会問題の一つである。
そして、それはなにもアメリカだけの問題ではない。先住民が他国からの侵略者によってすべてを奪われ、同様の歴史をたどっている他国もおなじだ。
『では、これはどこで手に入れたものなのか?』
クレイジー・ホースがおいていった葡萄酒をみながら、土方は眉間に皺を寄せた。未開封のもので、クレイジー・ホースにすれば、お近づきのしるしだったのに違いない。
『おそらくは、どこかの町で盗んだか、居留地にいる者からせしめたか・・・』
ワパシャは、そういってから両の肩を竦めた。その黒光りする相貌には、諦観と羞恥とが入り混じっている。
土方は、苦笑した。いまや兄弟といってもいいこの二人を、否、その二人と同族の者を貶めるつもりも責めるつもりもない。
『事情は承知しているつもりだ。ゆえに、そんな大事なものをいただくわけにはいかぬ、と申したかったのだ』
『だがトシ、クレイジー・ホースもいったん贈ったものを返されても・・・』
『イスカのいうとおり。せっかく贈ってくれたものをつきかえすなんざ、礼儀に反するぞ、副長』
『しぱっつあんのいうとおり。武士は礼儀を重んじるものだろう、副長?』
『お?平助、もはや武士は絶滅した。すくなくとも、日の本ではそうなってる』
『だーもー、おれだってそのくらい知ってらぁ左之さん。いちいち言の葉の尻をとらえんなよ』
土方ら三人が土方親子のティーピーのまえで立ち話をしていたところへ、ふらりとやってきたのは「三馬鹿」である。
『てめぇらの意見はきいちゃいねぇ』
さらに眉間に皺をよせ、土方はぴしゃりといった。
『ひでぇな副長?あんたは呑まねぇから、クレイジー・ホースの誠意ってもんがわからねぇんだ』
『ああ、そうだろうよ、新八?おめぇは、事情を知ってて、平気で呑めるんだろうよ』
『それ鬼だよなー』
頭の後ろで掌を組み、呑気に叫んだ藤堂の頭を、土方と永倉が同時に掌ではった。
『鬼は一人で充分だ』
それから、同時に叫んだ。
『ひでぇよ、二人とも』不貞腐れる藤堂。スー族の二人と原田が噴出した。
『おれたちももってきてるだろう、葡萄酒?。いただいた礼に、それを贈りゃいい。これでクレイジー・ホースの顔も立つし、副長、あんたの気持ちもおさまるだろう、えっ?』
『おぉ新八・・・』
土方は、思わず天を仰いだ。雲一つない快晴だ。雨は降りだしそうにない。
『副長、あんた、ほんと鬼だよ・・・』
永倉の嘆息。またしても噴出すイスカら。
その夜、土方はもってきた葡萄酒を、クレイジー・ホースがもってきたおなじ本数分を抱え、クレイジー・ホースのティーピーを訪れた。
後ろに「三馬鹿」を従えて・・・。
その後、土方は一人で戻ってきた。
四名の漢たちが翌朝、なにゆえか集落から遠く離れた岩場で発見された。
四名は、土方がもっていったはずの葡萄酒を呑み、ぐでんぐでんに酔っ払ったのだろう。なにゆえか遠く岩場まででかけていってそこで眠ってしまったのか?
否、もしかするとそこで最初から呑んでいたのか?
だれも覚えていないのだから真実はわからない。だが、どちらにしても土方にとってはどうでもよかった。だれにとってもどうでもいいことだった・・・。




