妖(ばけもの)と女子
日の本でいうところの丑三つ時、幼子は、独りスー族の集落の近くにある池にきていた。池といっても、生き物は棲んではいない。山からの地下水がこの辺りの地面の下を通っているのだろう。清い水がこんこんと絶えることなく湧きでているらしい。
スー族の女性は、ここで水浴びをするのだ。
一人になりたくて、叔父や従弟との鍛錬の後にやってきたつもりだが、もはや独りを求めるのは贅沢な所業らしい。
いまも、まばらに点在した木々の間に、複数の息遣いを感じていた。
幼子は、舌打ちしたい衝動をかろうじておさえこんだ。
自身がわからなくなっていた。なにをしたくてなにをしたくないのか、どうなりたくてなりたくないのか・・・。
自身の存在意義、それどころか、自身というものすらなにかわからないでいた。
このままでは、否、このままどうなってしまうのか・・・。
だからこそ、独りになり、考えたかった。いまのようなわずかな時間ではない。幾歳月という長時間だ。精神と体躯を鍛え、自身をみてみたかった。向き合いたかった。
いまだけは、仲間も身内も必要ない。そう、親や主ですら・・・。
それを、感じられたのは、皮肉にも巫女の実妹であり、転生後の自身の生みの親。
くそっ、邪魔をされたばかりか、さらに邪魔をしようとする。これではまるで、鎖に繋がれた獣だ。だから女子は苦手だ・・・。
幼子は、水面に映る自身の上半身をみつめた。月が揺れている。その合間に、醜悪な狂獣を
認め、幼子は知れず口の端に笑みを浮かべた。筋肉がつきすぎている。食物のせいだ。以前は、過酷で過激な鍛錬でも筋肉がつかぬよう、食物に注意をはらった。ゆえに、筋肉がつきにくかっただけでなく、身長も伸びなかった。くわえて、漢としての機能も成長が止まってしまっていた。それは、なにも遺伝やうちなるものとも関係のないこと。仮死状態のまま成長が止まろうが止まるまいが、心身の機能は止まっていたのだ。
なにもかも、与えられた使命の為。長年にわたって父親だと思っていた漢と、師に褒めてもらいたがった為・・・。
いままた、その轍を踏もうとしている。かような必要もないのに、だ。
狂っている。だからこそ、その必要に迫られている、のだ。きっとそうだ。
そして、そのさきにはきっと、自身のしたいことが、やらねばならぬことが、あると期待しているのだ。
そうに違いない。
まるで他人事だ。だが、そうでも考えねばやっていられない。
なぜなら、自身は妖なのだから・・・。
苦しい・・・。この苦しみは、この苦しみが癒えることはあるのか?
否、やめておこう。そんなむしのいい話など、あろうはずもない・・・。
「母上、否、叔母上、お願いですから、女子たちをわたしから遠ざけてください」
ついに、幼子は背をむけたまま背後の息遣いに向かって怒鳴った。
だから女子は苦手だ、と苦笑しつつ・・・。