エアー・チェアーで鍛錬を!
「きつい、こ、これはきつすぎる」
「ぎゃー、くそっ!壬生狼っ、かみつくなっ」
「も、もうだめ、かも・・・」
あちこちから悲鳴がおこっている。
この午後、全員で、何列かにならんで空気椅子を行っていた。無論、鍛錬である。体術をおこなうにあたり、筋力と持久力の強化が必要だからだ。
全員が、腕を地面と平行にまっすぐ両腕を伸ばし、肩幅に両の脚をひろげ、椅子に座るがごとくそのまま膝を曲げて腰を落としてゆき、太腿が地面と平行になったところで止める。長時間、それも永遠ともいえるほどそれを持続させるのだ。
この単純な鍛錬を、最初はだれもが軽く考えていた。
「余裕ですよ、師匠。物足りないくらいだ」
「そうですよ、師匠。こんなので、強くなれるんですか?」
「蹲踞のほうがきつそうだ」
沖田、市村、永倉は、そういってせせら笑った。
無論、ほかの者も似たり寄ったりの表情で、厳蕃をみている。
「わたしたちは、深更の鍛錬でこれを一時(約二時間)することがあるのだが・・・。そうか、みなには簡単すぎるだろうか・・・」
厳蕃のいう「わたしたちの深更の鍛錬」とは、厳蕃自身の息子と甥の三人で毎夜おこなっていることである。
「みなさん、そうおっしゃらずに試してみてください。死んだ従兄殿は、中国武術もすべての流派をきわめていました。これは、その基礎であるのです。ゆえに、従兄殿はこの鍛錬を剣術の素振り同様におこなっていたそうです」
厳周が苦笑とともにいいそえた。すると、みな、途端にやる気になったようだ。
「死んだ坊の効果」・・・。厳蕃親子は、最近、ひそかにそう呼び、なにかにつけて「死んだ甥」やら「死んだ従兄」と前置きするようになっていた。
もっとも、嘘ではない。辰巳は、これをつねにおこなっていた。中国武術の基礎である馬歩である。それを、深夜の鍛錬にとりいれていたのだ。
厳蕃親子も、はじめはきつかったようだが、いまでは膝の上に幼子が立っても耐えられるくらいにまでなっていた。
「わたしたちもともにやろう。子猫ちゃん、みなの間をまわって、尻が下がってきたら容赦なくかみついてくれ」
厳蕃にいわれると、白き巨狼は呻いた。
『うまくもないものにかみつけるか』
その思念に苦笑する厳蕃。
そして、鍛練がはじまった。途端にあがる悲鳴や苦痛の呻き・・・。
柳生親子と幼子以外の体躯が震えまくっている。耐えきれず、尻が下がったり尻餅をついたりした者には、駿足で駆けつけた白き巨狼の大きな口に銜えこまれた。つまり、かみつかれた。
さらなる上がる苦痛の叫び声・・・。
「神様っ!」「精霊でもいい」「この際、悪魔でもいいです」「それだったら、鬼でもいい」「兎に角、なんでもいいからどうにかしてくれ!」
さまざまな懇願もまた、それぞれの口唇から飛びだし、異国の大地や大空を彩る。
「馬鹿いってんじゃねぇっ!鬼がなにをどうできるってんだっ!ぎゃあっ!くそっ、壬生狼、なにしやがるっ!」
土方の怒鳴り声は、残念ながら苦痛に満ち満ちすぎていて離れている馬たちには届かなかった。
異国からやってきた奇特な集団の奇異なる行動を、スー族の民たちは面白そうに眺めているのだった。




