不死疑惑
「叔父上、叔父上、なにもかように・・・」
厳周の制止など、まるで耳朶に入らぬかのように、土方は集落から離れ、草がまばらに生えた地をあゆみつづけた。
その後ろを、厳周が追う。
「副長、どうされたのです?」
土方になにかがあると、ほとんど必ずといって現れる土方至上主義者の一人、斎藤。いまも鍛錬中に、あるいてゆく土方をみかけ、それを中断して駆けつけてきた。
ついでに、斎藤とともに鍛錬していた連中もぞろぞろとついてきた。
無論、こちらは面白がってのことであることはいうまでもない。
「左之のやつが、またしてもよからぬことをたくらんだ。しかも、クレイジー・ホースを巻き込んでな」
あるく速度をゆるめることなく、土方は自身の懐刀に苦々しくいい放った。
「左之さんも懲りないですよね?どうせまた、競馬でもしようってんでしょう?「豊玉宗匠」、また局中法度を作ったらどうですかー。賭け事致すべからず・・・」
「総司、それだめだって。左之さん、切腹だっていわれたら、喜んで腹を縦に掻っ捌くよ。で、刀傷の十文字に、でっかい銃傷だーっつって、自慢たらたらだ・・・」
藤堂がへらへら笑いながら予想しているところに、土方は突如そのあゆみをとめた。
そのすぐ後ろを歩いていた斎藤は、その背にぶつからぬようつんのめってしまった。
「ちょっとまて平助、どういうことだ?」
「へ?どういうことだって?」「いまの、どういうことなんだ、ええ?」
小柄な藤堂までいっきに間を詰めると、土方は藤堂に迫った。その勢いにびびり、後ずさる藤堂。
「いや副長、ごめんなさい。冗談だって・・・」
藤堂は、眉間に刻まれた濃くて深い皺をみながらいった。
昔から、土方のトレードマークの眉間の皺で、土方の気持ちはよめるので、仲間のおおくが土方の瞳よりもそこをついついみてしまうのだ。
「副長、落ち着けって。左之だって、ただの息抜きだと思うしよ。平助にあたっても・・・」
「新八、おめぇがしっかりみてやがらねぇからだぞ」
わって入った永倉も、理不尽なまでのその言の葉にむっとしたようだ。
「おいおい副長、左之はいい大人だ。なんでおれが面倒みなきゃいけない?おれだって、自身の鍛錬で手一杯・・・」
「もういい、新八。いまはそこじゃねぇ」「はぁ?あんたがいったん・・・」「だまってろ。おれは平助にきいてるんだ。平助、まことなのか?」
「ええ?まことなのかって、なにがだよ、副長?」
さらに迫られ、後ずさろうとした藤堂の両の肩を、あきらかに剣術とは縁のなさそうな薄っぺらい両の掌でもって、がっしりと掴む土方。
「縦に斬り裂いたあとに自慢するってのは、まことなのか?」
「ええっ?」
藤堂は、小柄な体躯全身で驚いた。たしかにそういったが、土方の詰問の意味がまるっきりわからない。
「叔父上、落ち着いてください」
「副長、どうどう・・・」
ここにいたり、ようやく厳周や沖田なども気がついたらしい。
厳周は丁重に二人を引き分け、沖田は騎馬をなだめるかのような仕種で、それぞれ土方を落ち着かせようとした。
「死なねぇってことなのか、副長?」
永倉は、昔ちぎれかかった親指で鼻の下をかきながら呟いた。
「なに?左之さん、不死身なわけ?ああ、だから腹斬っても弾丸喰らっても死なないわけだ」
土方の重圧から開放された藤堂は、息も絶え絶えながら、なにゆえかへらへら笑みを浮かべている。
「おいおい平助、左之がってわけじゃない。ついでにいうと、おまえらもだろうが」
「ええ?なにいってんだよ、しんぱっつあ・・・」
藤堂は、不意に口唇を閉じた。やっと思いいたったのだ。
「なにそれ、坊の力で助けられたから?死なないってこと?」
沖田は、そういいながら藤堂と瞳をあわせた。
「依代は不死ではないでしょう?それに、師匠のほうにはその力はない。そうだろう、厳周?」
沖田に問われ、厳周は困惑のていで思いだそうと努めた。
「不老ではありますが、不死ではありません。それに、わたしの記憶するかぎり、身内や門弟、藩の関係者など、亡くなるはずの者が奇跡的にその生命をつなぎとめた、というようなことはきいたことはありません。母や祖父母、つまり、父厳蕃の妻や両親も含めてです。もっとも、父が尾張にめったといなかったということもあるのかもしれませぬが・・・」
「大神の力、か?依代はただの器。だが、その力を直接授けられた者は・・・」
土方が唸りながらいっているところに、永倉の考えがかぶった。
「だったら、ばっさり斬ってみりゃいい。そうすりゃわかる」
「ならば早速・・・」
即座に反応し、斎藤が右腰の相棒を軽く愛撫してから腰を落とした。居合いの構えである。
「さあ、どっちだ?」
それから、二人に問う。
二人とは、無論、沖田と藤堂だ。
「ちょっ、ちょっとまって一さん。そんな仮説だけで試そうと?」
「そうだよ、一君。もしも間違ってたら、死ぬじゃないか」
沖田と藤堂は、同時に回れ右して逃げだした。
逃げ去る二つの背をみつめながら、土方はその真偽について思いをはせた。