視ると感じる
スー族の人たちは、三々五々散っていった。
陽が傾きかけている。それぞれの用事をすませる為だ。
『すばらしい絵でしょう?』
まだ残っていた者がいた。その一人に、ためらいがちに声をかけたのは山崎だ。
『ええ、いまにもここからとびだしてきそう』
同族のほかの民とおなじように浅黒い相貌いっぱいに笑みをひらめかせ、例の姉妹の姉のほうが答えた。それは、華が咲いたかのように美しかった。
『もっと近寄ってよくみたらいいよ』
負けじと声をかけているのは、無論、市村だ。市村は、妹に近寄った。
妹のほうは、絵からずいぶんと離れて立っていたのである。
市村は、妹に掌をのばしかけてやめた。ケイトの怒声が飛んでくると思ったからだ。
『いいんです。妹はみなくても・・・』
その市村に、姉のほうが控えめにいった。驚いたのは市村だけでなく山崎もだし、周囲にいた漢たちも一様に驚いた表情になった。
『でも、感じられるでしょう?主計兄の絵は、心に直接訴えかけてくるから。だから、鉄兄、かのじょを連れていってあげて』
幼子の甲高い声音が、暮れつつあるスー族の集落に響いた。
さらに驚いたのは、市村だけでなく山崎もだし、周囲にいた漢たちもだ。
『なに?いったいどういう意味・・・』
市村は頸をひねりながらも、いわれるままに妹の掌をとった。疑念よりも「やった」、という思いを、心の片隅によぎらせつつ。
「テツ兄さんっ!助兵衛すぎよっ!」
刹那、それをよんだケイトの日の本の言の葉による一喝が飛んだ。
師として有能な信江の指導は、万時にぬかりなく、ケイトはよむことにまでたけはじめていた。
「厳周、義理の叔父の轍を踏むことになったな、ご愁傷様」
伊庭の囁きだ。傍にいる永倉と斎藤、そして沖田は同時に苦笑した。
「ありゃきっと、師をこえるぞ。そうなりゃ、女子の扱いにかけちゃ、素振りだってまともにできねぇ厳周だ・・・」
「悲惨どころの騒ぎじゃないでしょうね、きっと」
永倉を引き継いだ沖田、そして、斎藤が「出会ったころのかのじょが懐かしいくらいだな」としめた。
が、四人ともこれでいいと思っていることもたしかだ。
生まれた国も人種も違うが、不幸だった少女がたくましく成長してくれた。厳周は、いいように扱われれようが気にもしないだろう。そして、やさしいかれはかのじょをなによりも大切にするだろう。
尻に敷かれてちょうどいいのだ。
誠の漢とは、そういうものだ。
「なにいってるんだっ!おれは、ただ導こうとしようと・・・」
市村のいい訳もまた、暮れゆく大地を駆けてゆく。その攻防を横目に、山崎が妹のほうを絵の傍へと連れていっていた。
『きみ、もしかして瞳が・・・』
山崎は、そのときはじめて妹の両の瞳がおかしいことに気がついた。
『はい。みえていません。ですが、感じられます。すごく力強い。わたしたちの「偉大なる呪術師」と、あなた方のなかにいる人たち、ですよね?』
大地にひろげられた絵のまえで、スー族の少女は相貌を色のかわりつつある空へと向けていった。その声音は、とてもとてもきれいだ。その内容もさることながら、その場にいる日の本の漢たちは、その美しさに一瞬心を奪われてしまった。
スー族にかぎらず、亜米利加の古き民は、心身に不具のある者を厭う。ゆえに、この姉妹も一族から厭われ、不遇の日々を過ごしていたのだ。
幼子はそれに気がついていた。そして、不遇の少女が幼子のことも感じることができることも。
幼子は、少女からさりげなく距離を置いていた。
それには、そういう理由があったのだ。