驚天動地
「やめなさいっ、勇景っ!」
その一喝が、小さな森のなかに響き渡った。そして、その響きが静まるまでに、集落のほうから信江が大股で歩いてきた。「鬼の副長」をもいちころに落とすその美しい相貌は、いまや鬼よりも怖い。
土方らは、集落から小川にいくまでの森で話をしていた。
幼子は、赤狐の仔に自身の相貌を押しつけ、意識の最下層で舌打ちした。
さすがは叔母上・・・。もうすこしのところで暗示をかけることができたはずなのに。
なにゆえ察知されたのか・・・。苦笑せざるをえない。
「信江?いったい何事だ?なにゆえ、かようにわが子に怒鳴り散らす・・・」
「兄上っ、しっかりなさいませっ」
驚き振り返って言の葉を投げかけた厳蕃に、信江は、さらなる一喝でもってその言の葉を封じた。
全員、驚きの表情で信江をみている。無論、その夫も含めて。
「甥にいいくるめられてどうされます、兄上?」
「いや、いいくるめられてなど・・・」
そこではじめて、厳蕃は自身が、否、自身ら全員が甥によって暗示をかけられそうになっていたことに気がついた。
厳蕃は、しれず厳蕃自身の息子と瞳をあわせていた。厳周も気がついたようだ。それから、同時に甥を、あるいは従兄弟をみた。
赤狐の仔の小さな背に、相貌を押しつけながら、幼子が苦笑しているのが垣間みえた。
(性悪の甥めが・・・油断も隙もない)意識の最下層で、厳蕃は思わず罵ってしまった。
「武者修行にでたいと、おれたちの息子がいっているぞ、信江」
義兄をかばうように、土方は妻の意識を自身へと向けさせた。
「はやく強くなって、「豊玉宗匠」を死んだ坊に会わせてやりたいって・・・。じつに健気ですよね・・・」
「やかましい、馬鹿総司っ!」土方は大分と学習したようだ。怒鳴り散らすのではなく、低い恫喝が土方の口唇から沖田に投げつけられた。
「だいたい、てめぇがいらんことを教えやがるから・・・」
「いいではないですか、あなた」
土方の言にかぶせられた信江のそれ。全員がその意味をはかりかねた。沖田のいったことに対してか?それとも土方のいったことに対してか・・・。
「おいおいおい、やめよ、信江。おぬしはいらぬことを・・・」
「おやめになるのは兄上でございます。よもや、女子には口をきくな、いらぬことを申すな、しゃしゃりでるな、と申されますか?この亜米利加で?それに、これはわたしたちの子の問題であって、兄上の子の話ではありませぬ」
信江をよんだ厳蕃の制止にかぶせ、信江はいっきにまくしたてた。
漢たちに、なにをそれを阻止する度胸も業もあろうか・・・。
「わたくしがともに参ります。それならば問題ありますまい、紳士諸君?」
そう嘯かれ、森に、サウスダコタに、亜米利加に、地球に、しばしの静寂が落ちた。
「えーーーーーっ!」
そして、森に、サウスダコタに、亜米利加に、地球に、喧騒が満ちた。
漢どもは、等しく度肝を抜かれた。無論、抜いた信江の子も含めて、だ。




