挑戦するには・・・
「新八、「柳生の大太刀」に挑戦する資格は、おぬしら全員にある。正直、これまでの鍛錬で、それぞれの心技は、おぬしらが日の本でやってきたそれよりもよほど上達しているであろう」
厳蕃は、小振りの相貌を左右に振ると、意を決したように口唇を開いた。
「だが、以前にも申したとおり、試練を与えし者は、あの子であってあの子でない。おぬしらの知る坊、ではないのだ・・・」
嘘ではない。試練を与えし者である辰巳もまた、鍛錬に鍛錬を重ねている。その量や質は、厳蕃自身を含めたこの場にいる者すべてをはるかに凌駕したものだ。
その心技は、もはやどこまでいっているのか、想像することもできぬ。
しかも、昔とはその性質にわずかに変貌がみられることが気にかかる。まるで砂上の城がこわれるかのようにじょじょに崩れ、得体のしれぬなにかにとってかわられようとしているかのようだ。
最近、とみにそれを感じる・・・。
厳蕃は、自身にかけられた暗示が、その変化に関係しているのか、とそれが怖ろしくてならないのだ。そのことで、自身もおかしくなりそうだ。
厳蕃自身の甥が、悶々とする厳蕃をじっとみつめている。胸元に赤狐の仔を抱き、その小さな頭に右頬をこすりつけている。
動物の仔とたわむれる、小さな子のうれしそうな表情のなかにも、その得体のしれぬなにかは、厳蕃の心胆を震わせ冷やした。
瞳が、闇よりも濃く深い瞳の奥から、なにかが厳蕃をみている気がする。それは、いつか厳蕃だけでなく、この世にいるすべての人間を滅ぼしてしまいそうなほどの不気味さに滾っている。うちなるものなど関係のない、うちなるもののほうがよほど存在感があると感じられる無機物・・・。
厳蕃は、不覚にも悲鳴を上げそうになり、それをかろうじて押しとどめた。
「師匠、師匠?」
「父上?」
永倉、そして、厳蕃自身の息子の呼びかけに、厳蕃はようやくわれに返った。が、まだその不気味さはつきまとったままだ。
「すまぬ・・・。兎に角、あの子に会いたい、という気持ちならば、挑戦させるわけにはゆかぬ。みすみす死地に向かわせるだけだからな」
告げた厳蕃の相貌の色が悪いことに、その場にいる全員が気がついていた。
永倉と厳周、そして、土方と島田は、思わず視線を合わせてしまった。
厳蕃の様子がこのところおかしいことも、わかってはいるがみぬふりをしてきている。
それは、うちなるものとは関係のないことではないのか・・・。
どうもそのように感じられる。とくに、息子の厳周と義理の弟である土方は、よりいっそう感じていた。
思わず、二人は口唇を開きそうになった。
「父上、伯父上、お願いがあります」
そのとき、幼子が思い切ったように小さな口唇を開けた。その胸元の赤狐の仔を、しっかりと抱きしめながら。
それから、幼子は、自身の父と伯父の瞳をきっとみ上げ、また小さな口唇を開いた。




