スー族の美しき姉妹
集落の近くにこじんまりとした森があり、その向こうには小さいながらも川が流れている。
スー族の生活の重要な資源の一つでもあるそこは、夜間以外、つねに人間や家畜の姿がみられる。
連れてきた馬たちを連れ、信江にケイト、山崎、野村、若い方の「三馬鹿」が川にやってきた。水浴びをさせようというのだ。
幼子の影響もあるのだろう。馬たちは人間のいうことをよくきくし、人間は馬たちのいいたいことやしたいことをなんとなくわかった。ゆえに、両者の間にはつねに一体感が存在していた。
『大変だろう?おれが運ぶよ。あ、英語話せる?』
市村が声を掛けたのは、小川に水を汲みにきたのだろう、スー族の姉妹らしき女子たちだった。
二人は、天秤棒に桶をぶら下げ、集落まで幾度か往復していた。それを、市村が馬の体躯を藁で拭きながらみるともなくみていたのだ。
『居留地にしばらくいましたので、すこしは・・・』
姉らしき女子が応じた。とても美しい、と市村は素直に思った。
『ですが、お手伝いいただくわけにはいきませんので』
市村の伸ばした掌を拒絶し、姉らしいほうが天秤棒をかつごうとした。が、幾度も往復している疲れからか、わずかによろめいた。
すかさず、市村が掌を差し伸べ、その体躯を支えてやった。
『すみません』
市村は、さりげなく天秤棒に自身の掌を添え、女子の肩から浮かしながら、体躯に触れてしまったことを謝罪した。
死んだ坊が母さん、つまり、信江の体躯に触れ、こっぴどくやられた逸話を思いだしたのだ。
『女性は助け護るものだ、といつもいわれています。そうでないとおれが叱られます』
市村がいうと、つぎは妹のほうと瞳があった。にっこりと微笑むその相貌は、とてもかわいらしい、と、市村はまたまた素直に思った。
妹のほうは自身と同じくらいの年齢かな、とも。そして、姉のほうは、主計兄や利三郎兄と同じくらいかな、とも。
それから、女子たちがなにかいうまえに、天秤棒を肩に担ぎ、とっとと歩きだした。
これをみてみぬふりをすれば、新八兄や左之兄に、立てなくなるまでしごかれるだろう。そして、手助けしたらしたで、平助兄や総司兄に立てなくなるまで嫌味やからかいの言の葉を喰らうだろう、と思いつつ・・・。
「母さん、あれをみてよ。てっちゃん、やばくないかな?」
それを目撃した田村と玉置は、さっそく自身らの母親代わりの信江にいいつけにいった。
「やばい?兄さんたちの言の葉の使い方、面白いわ」
信江よりもはやく、ケイトが日の本の言の葉もまじえながら応じた。
山崎と野村とともに、彼女も馬たちの体躯を藁で拭いていたのだ。
「まぁ、なんなのあの子・・・」
市村とスー族の姉妹らしき二人の背をみつめつつ、信江は驚きとともに呟いた。
「わたしたちがいってきます、母さん」
田村が身を翻すよりもはやく、なんと、ケイトが身軽に駆けだしていた。
「大丈夫よ、わたしがいってきます。失礼のないように、テツ兄さんを見張るわ」
後ろ向きにスキップしながら、笑顔で告げるケイトに、漢たちだけでなく、信江も苦笑せざるをえない。
「お願いね、ケイト。粗相をしそうになったら、遠慮なく絞めあげなさい。いいわね?」
「はい、まかせて」
ケイトは、剣術だけでなく体術もめきめきと上達していた。信江直伝の体術は、いまや|若い方の「三馬鹿」でさえ、容易に勝てぬまでになっていた。
「おおこわ・・・」「なんですって、利三郎っ!」
野村の呟きをききとがめ、一喝する信江。
田村と玉置の笑い声が小さな川とながれてゆくなか、信江は、山崎がその背を喰いいるようにみつめていることに気がついたのだった。