赤い狐と鍛錬と・・・
「われわれの流派の研究だけでなく、師匠、それとはべつに、おれたちに修行をしてほしいんだ」
永倉は、日の本の言の葉を使うことを、スタンリーとフランクに告げると同時に許可を元求めた。
そののちすぐ、そう熱く切望した。
永倉に詰め寄られ、さしもの厳蕃も当惑の表情を浮かべた。
ちょうど、土方、それと厳蕃自身の息子、島田、スタンリーやフランクと打ち合わせをしているときだった。
その足許では、幼子が赤狐の仔を抱え、大人たちをみ上げている。
その仔は、集落の近くで母狐とはぐれてしまったらしく、一緒に探す約束をしたというのだ。
修行に明け暮れるだけでは、生活はできぬ。つまり、完璧なまでに食い詰め浪人なり果てている。スー族の人々とおなじように、なにかしらの労働はすべき、ということになった。
そこで、いったいなにができるだろうか、という話になった。イスカとワパシャは、それぞれの家族のもとに戻っている。すぐにはこちらにはこれそうにないだろう。ということは、いまのところは、クレイジー・ホースに相談するしかないのだろうか・・・。
そんなことを話しているところであった。
「新八、てめぇまでなにかよからぬことを考えてんじゃねぇだろうな、ええ?」
義理の兄を護るかのように、土方は両者の間に割って入った。
永倉は、斎藤と沖田、伊庭を伴っていた。斎藤は兎も角、沖田はいつもと様子が違い、真剣な面持ちで立っている。
この面子だ。永倉の、否、四人の真意など、その心中をよむまでもない。が、土方は、わかっていてわざと、そういった。なにゆえか、邪魔をしたくなったのだ。
「左之じゃあるまいし、おれが剣術でなにかよからぬことを考えるとでも思うってのか、副長?」
永倉の正論に、土方はらしくなくたじろいだ。永倉の髭面越しに、残りの三人が土方をみつめているのがみえた。どの表情も真剣だ。どこか思いつめている感もある。
「いましばらくは戦もねぇだろう?本腰入れて修行するには、いまほどいい時期はねぇ。これを逃せば、戦に明け暮れる毎日になるかもしれねぇだろうからな。そうなりゃ、修行どころじゃなくなっちまう。違うか、副長?」
土方は、永倉と視線を合わせていたが、ふいとそらし、残りの三人にそれを向けた。それぞれとそれが合うと、一様に頷いてみせる。
覚悟、想い、決意、信念・・・。重苦しいまでのそれらが、土方にはひしひしと感じられる。
「柳生の大太刀」への挑戦・・・。ニックの農場を発ち、しばらくしてでた話題。そして、剣士たちのあらたなる目標・・・。
それが剣士としての力の向上、極める、というだけなら、土方も背中を押しただろう。自身にはそこまでのものはないが、永倉や斎藤、沖田に伊庭といった本物の剣士であれば、食指を動かされるのは当然のことだ。
が、いまのかれらには、剣士としての単純な想い以上のものがある。否、そちらのほうが真の目的、といっても過言ではなかろう。
だからこそ、土方の想いは複雑だ。だからこそ、先延ばししたかった。邪魔をしてまで。
「柳生の大太刀」への挑戦。それは、試練を与えし者への挑戦ともなる。
土方に、その試練を与えし者である坊と会わせてやりたい・・・。その想い、願いが、四剣士から強く感じられた。それしか感じられない、といってもいいだろう。
救いを求めるように、土方は背後にいる義理の兄に視線を送った。すると、深くて濃い瞳がそこにあった。
またしても違和感に襲われた。またしても、それになにかが重なったような錯覚を抱いた。
「残念だが、わたしでは役不足だ。そう、わたしでは、到底指南できそうにない・・・」
厳蕃は、秀麗な相貌を左右に振りつつ、その言の葉を溜息とともに地に落としたのだった。