癖ありありの剣豪
「新八さんって、癖だらけそうにみえて、ちっとも癖、ないですよね?」
頭上に太陽が燦々と輝いている。
ある日の午後のこと、玉蜀黍を挽いた粉で作ったパンと、バッファローの干し肉での昼食中である。昼食といっても、鍛錬の合間に立ったまま流し込むという慌ただしいものだ。
最近、とみに鍛錬に力が入っていた。理由はいくつかある。
ひとまずは、移動が終わって一つ所に落ちつけたこと、そう遠くない将来に戦を控えていること、それまで時間があること、なにもすることがないこと、などなどだ。
そして、一部の漢たちにとって、挑戦という最終目標を、すこしでもはやくおこないたい、という焦燥も手伝っていた。
「柳生の大太刀」、このばかでかい太刀への挑戦だ。否、厳密には、それを媒体とし、試練を与えし者との接触を試みることが、真の目的であるといっても過言ではない。
「ちょっとまて、総司?いまのはいったいどういう了見だ、ええっ?おれが癖だらけってどういう意味なんだ?」
右掌に玉蜀黍パンを、左掌には干し肉を、それぞれ握ったまま振り回し、永倉は気色ばんだ。
「だって、とても癖っぽいでしょう?そう思わない、八郎?平助?」
「いえてる」藤堂もまた、右掌のパンをひらひらさせた。にやにや笑いながらの同意は、永倉をよりいっそう不愉快にさせた。
「なんだと、平助?」吠え立て、詰め寄ろうとしたそのまえに、伊庭が立ちはだかる。
「しんぱっつあん、落ち着いて」
「癖だらけの総司や平助にだけはいわれたくねぇよ」
伊庭にまでかみつく永倉。
と、そこへ厳周がやってきた。盆がわりの木の板の上にカップを幾つも並べ、それを胸元でかかえている。
叔母の信江に、珈琲を配るよういいつかったのだろう。
「なにか問題ですか?」
にこにこ笑いながら尋ねてきた厳周に、藤堂はおおげさに溜息をついてみせた。
「幸せなやつはいいよな、厳周?」
「はぁ?平助兄、どういう意味・・・」
「気にするな、厳周。平助はやっかんでるだけだ」斎藤が近寄ってきて、盆の上から自身のカップを掌にとった。
「ひどいよ、一君。おれは、仲間として祝福してるんだ・・・」
「やかましい、平助っ!おまえの女運の悪さのことなんざ、どうでもいいんだよ」
「ひでえよ、しんぱっつあん!そんなんだから、癖だらけだって指摘されるんじゃ・・・」
「なんだと、平助っ!」永倉は、さらに吠えた。
すわ、「がむしん」対「魁先生」の一騎討ちか?この場にいる者たちは、息を呑んだ。否、一人をのぞいて、か?
「まってください。まったくもう!総司兄、面白がってる場合ではないでしょう?」
精悍さが勝ってきている相貌ににやにや笑いを浮かべ、面白がって眺めている沖田。すべてをよみ、状況を即座に把握した厳周が冷静に突っ込んだ。
「なにをいってるんだい、厳周?新八さんが一人で騒いでるだけじゃない?」
「総司っ、だいたい、おまえが癖だらけって、おれに難癖つけてきやがったんだろうが」
「まあまあ、しんぱっつあん」律儀に止めに入る伊庭。厳周は盆をさしだし、カップを受け取るよう促した。まずい珈琲でもすすって、気分を落ち着かせよとでもいうように。
「新八兄、総司兄は、あなたの剣筋にまったく癖がない、と。まっすぐできれいな剣筋だと仰ってるんですよ」
一人一人の前に立ち、カップを配りながら説明する厳周。最後に総司の前に立つと、厳周は苦笑した。
「総司兄のほうが、よほど癖がありますよね?太刀にも性質にも?」
それから、ぺろりと舌をだし、身を翻した。沖田が拳固をくれてやるよりもはやく、厳周はほかの組へと移動していった。
「ああ?おれの剣筋?いったいだれと比較していってるのか?そこはきかないでやるよ、総司」
厳周の背をみ送りながら、苦笑する永倉に、これもまた苦笑しつつ伊庭がいった。
「神道無念流だからってわけではなく、個人の努力の賜物なんでしょうよ、しんぱっつあん?わたしも総司に同感で、いつも感心してるんだから」
「ああ、おれもだ、しんぱっつあん」、とは斎藤。
「おれもおれも」、とは藤堂。
「おいおい、おれをもちあげたところで、でるのは塵芥だけだって、いつもいってるだろうが、ええ、おまえら?」
そう腐ってみせたものの、その精悍な相貌には、まんざらでもないものが浮かんでいた。
永倉新八。日の本でも五指に入る、と辰巳にいわせただけの腕前をもつ剣豪なのである、じつは・・・。