静観
スー族の人たちが、異国からやってきた一行の為に幾つかのティーピーを作ってくれた。
材料をもちより、大きいものから小さなもので、あっという間に作ってくれたのである。
部族の人々は、老若男女問わず、けっして非社会的でも非社交的でもない。最初のうちこそ、遠巻きにし、ただ眺めたり無視したりしていたが、なにかのきっかけさえあれば、じょじょに距離を縮め、接触もできるようになった。
ほんのわずか、表情は乏しいだけだ。
「偉大なる戦士」と、部族の戦士たちから崇拝されているクレイジー・ホースと話し合い、まずは例の不可侵地に駐屯しているらしい騎兵隊の様子を探ることになった。その任は、無論、朱雀と桜に頼んだ。二羽の四つの瞳をとおし、厳蕃と幼子がその様子を感じた。さらに、幼子はその近くを縄張りとする栗鼠や赤狐といった野生の動物たちにお願いし、地上からも物見をおこなった。
いまのところは、そこら辺りを必死に掘りまくっている、という。本来なら、そこにいることじたいが「ララミー砦の条約」に反する為、武力行使で追いだすべきなのだろう。だが、掘り疲れ、そこになにもないと意気喪失した機で行動を起こしたほうが、いかような手段をとるにも効果的である、という土方と厳蕃の助言により、しばらくは様子をみることとなったのだ。
だが、ただ様子をみているわけにもゆかない。物見から、カスター将軍率いる第七騎兵隊の規模と装備は、尋常ならざることもわかっている。ときがくるまでに、こちらもそれなりに準備が必要だ。無論、覚悟も。
騎馬たちもまた、人間同様、スー族の人たちとその騎馬たちとに受け入れられた。否、スー族の騎馬たちにいたっては、幼子に挨拶するために、放牧先から駆けつけ、幼子をもみくちゃにするところなど、もうおなじみの行事だ。
「第七騎兵隊、とやらとこの将来戦になる、というわけか・・・」
旅の途上でも集落でも、珈琲はおなじだ。すなわち、どろどろに煮だしたもの、である。白人がもたらしたものの一つであるこの呑み物は、古の民であるインディアンもまた呑んでいるのだ。
ニックの農場の頃から使っている自身のカップから、どろどろの珈琲を口中に注ぎ込み、土方はだれにともなく呟いた。
自身らの馬車の荷台に背を預け、暮れなずむ大地を眺めていたときだ。
「その戦に、意義や意味はあるのか?スー族にとって、という意味ではなく、われわれにとって、という意味でだ・・・」
土方の隣で、やはりおなじ姿勢でおなじように珈琲をすすっている厳蕃の呟き。土方は、自身の義兄のその呟きに対し、すぐには反応しなかった。
「そもそも、人間に意味や意義があるのか、まずはそこだな?そうは思わぬか、義弟よ?」
それは、もう幾度も幾度も、二人ともがそれぞれ自問自答してきた内容だ。
「義兄上、それはいまここでだすべきことですか?ださねばならぬのですか?」
土方は、視線を義理の兄に向け、それから、西の方角、眼前に広がる夕陽へとそれを転じた。
沈黙は、そよ風とともに背後にひろがる集落へと流されてゆく。
このときふと、土方の心の片隅に、蝦夷での戦で義兄がいてくれたら、どうなっていただろうか、とたわいもない考えが浮かんだ。だが、それは即座にぞっとした恐怖へととってかわられた。
あいつだけではない。義兄もまた自身の頸を自身で刎ね飛ばしただろう・・・。義兄がいかなる立場、状況であったとしても、これだけは間違いない。
あいつと似すぎている。義兄は、あいつと似すぎている。付き合いが長くなれば長くなるほど、そう感じられる。
「そうだな、義弟よ。愚問であった」
土方の心中をよんでいるはずだが、厳蕃がそれに触れることはなかった。夕陽を背に、自身へと向き直った義兄をみつつ、土方はさらなる考えにとらわれ、それを口の端にのぼらせようとしてやめた。
それがあまりにも馬鹿げた考えだと思ったから。否、馬鹿げた考えだと思いたかったから・・・。




