集いし依代たち
バッファローの毛の垂れ幕がまくれ上がり、一陣の風とともに小柄な漢が入ってきた。本来なら、ティーピーの訪問のしきたりを護らねばならぬところだが、あいにく、このティーピーの主人は、いまは人間ではない。厳密には、スー族の「偉大なる呪術師」という依代ではなく、そのうちなるものがおもてへとでてきている。したがって、作法に従う義理などないのだ。
小柄な漢すなわち、厳蕃は上座に座す二神に相対した。
いま、ここにいるのは神のみであり、人間は揃ってティーピーからだされていた。
厳蕃は、二神とは遠間よりも距離をおいたところで立ち止まり、そこから神々を睥睨した。
「白虎の依代か?」
血の色の羽根飾りのほうが尋ねた。つづいて、闇の色の羽根飾りのほうがつづける。「蒼き龍の依代はどうした?」
それらは、まぎれもなく流暢な日の本の言の葉であった。
厳蕃は、無言のままその秀麗な相貌に不敵な笑みを浮かべた。それを、両者の間でお座りし、白き巨狼がじっとみつめている。
その狼面に、厳蕃とおなじく不敵な笑みが浮かんだ。
『お呼びでございますか、二神様』
「・・・!」「・・・!」
玄武、そして、朱雀は戦慄した。隣り合って座す二神のそれぞれの肩に、小さな腕がまわされ、背後からそう囁きかけられたのだ。
その言の葉は、まぎれもなく大国の古語であった。
玄武も朱雀は、おなじ軍神といえど、智を司る神だ。とはいえ、神は神。しかも獣の神。いかにうちに神を棲まわせているとはいえ、人間ごときにおくれをとるなどということはない。そのはずだ。
まわされた小さな腕は、神の動きをも封じていた。それはまるで、神の獣を繋ぎとめる神器の金鎖のようだ。さしもの二神も、自身らの背後をとっただけでなく、神の存在をも脅かすこの小さな人間に対し、苦笑を禁じえなかった。同時に、負け惜しみも忘れない。
「人間の子よ、そちの言の葉でよい・・・」
闇の色の羽根飾りのほうがいうと、血の色の羽根飾りのほうがつづけようとした。
「大神・・・」『どうだ、愚息ども、この子らがわたしの自慢の子だ・・・』白き巨狼の思念がそれにかぶせられた。
二神、そして、子らといわれた厳蕃の眉間に皺が寄った。
「われらが依代の瞳を通じ、「偉大なる魂」をみせたな、人間の子よ」
言をさえぎられたのを気にするわけでなく、血の色の羽根飾りを躍らせながら問うと、二神の間で、小さい人間の子は、ふっとやわらかい笑みを浮かべた。
「わが名は辰巳・・・。否、いまは勇景という名で呼ばれております。あちらはわが叔父の厳蕃。われらは、あなた方の依代とは異なります。あらゆる意味において。われらは日の本一、頑固でかわいげのない血筋・・・。どうかご承知おきいただきたい」
二神が後ろに気をとられている間に、つぎは厳蕃が懐を脅かした。文字通り、懐に入ったところで、二神をみおろしている。指が四本しかない掌は、同じ側の腰に佩いている自慢の「村正」の柄を愛撫している。
「これは参った。父上、たしかに、あなたの自慢の子らのようだ」
血の色の羽根飾りのほうがいうと、闇の色の羽根飾りのほうがつづけた。
「これから面白くなる。面白いことが起こる。愉しみだ、ああ、愉しみでしかたない・・・」
日の本の言の葉は、まるで予言のようにティーピーのなかを陽気に駆け巡るのだった。




