駄々っ子
『いやだ、いやだ、いやだ、いやだったらいやだ!』
まるで幼い駄々っ子のどとく、白き巨狼は叫んだ。しかも、立ち上がり、白い毛に覆われた四肢をつかい、その場でたたらを踏むという動きまでつけて。
白き巨狼自身の育て子すら、かような幼稚な真似はせぬ。幼子であるにもかかわらず・・・。
『ふふん、おぬしらの弟たちは、まことに愚かでな。そうそう外にでること叶わぬ状況を好み、そういう依代にしか寄生せぬのだ』
「寄生?憑依、ではなく?」
さすがは幼子の言の葉の師、である。白き巨狼の単語に、すかさず突っ込みを入れる。
『というわけで、おぬしらやおぬしらの依代たる「偉大なる呪術師」といえど、そう簡単にことを運ぶことはできぬ。それを心しておけ』
その忠告に、土方は内心で讃辞を送った。
『ふんっ、だいたい、そう簡単にことを成せるのなら、とうの昔にこのわたしが引き摺りだし、「いい子いい子」と頭を撫でまくっておるわ』
人間は、その光景を想像してみたが、できなかった。
どうしても、白き巨狼が厳蕃の頭を肉球で撫でまわすような想像を抱いてしまう。だが、白き巨狼自身の育て子ならいざしらず、喧嘩相手の厳蕃を「いい子いい子」するところなど、黄龍が白虎を撫でまわすこと以上になさそうだ。
白き巨狼は、勝ち誇ったような狼面で、依代たち、というよりかは白き巨狼を依代とする黄龍自身の子神たちのまえをいききした。
『父上・・・。なるほど、よほどその人間がお好きとうかがえますな』
『父上がご自身の息子より、人間をとられるとは・・・。そうなれば、弟よりもその人間どもに興味がわく、というもの』
黒い羽根飾りのほうにつづき、血の色の羽根飾りのほうがいった。
『では、弟たちの依代たちに会わせてください。それならば、よろしかろう?』
『依代たちに、ということであれば、なんの問題もないでしょう?』
子神たちの妥協案に、白き巨狼の狼面が歪んだ。
陰険姑息な策士たちも、しょせん、父神にかなうわけはない。ましてや、口においては、父神のほうがはるかにうまいのだ。
子神たちは知っている。父神に口で勝てるとしたら、それは、人間世でも神世でも一神だけである、ということを・・・。
『わが主よ、愚息どもがこう申しておる。いかがいたす?』
白いふさふさもふもふの毛に覆われた体躯がすばやく反転し、狼面が土方らに向けられた。
土方と白き巨狼の視線があった。それは、昔、蝦夷ではじめて一対一で会ったときと、なんらかわらぬ光を湛えている。しかも、はてしのない深遠をうかがわせるなにかが、潜んでいるかのようにも錯覚してしまう。
『二人の意思を尊重する。おれが采配すべき問題じゃねぇだろう、壬生狼?』
しばしの間をおき、土方はついにそういった。
それは、だれをも立てた、満足のゆく完璧な答えだった。




