残る二神(ふたつがみ)の行方
『すまぬがあまり近寄らないでほしい。このうちにいるものがいたずらに刺激されるようでな』
同道に賛成したものの、呪術師の存在は気をいらつかせた。それは自身だけでなく他の二神も同じようで、けっしてみずから近寄るようなことはなかった。
深更、船室を抜け出し、独り「村雨」で素振りをくれている厳蕃の側へスー族の呪術師が近寄ってきた。
抜き身を掌にしたまま相対する無礼はさすがにせず、長年の相棒を素早く鞘に納めると異国の呪術師に向き直った。
灯火のほとんど届かぬ船尾の一角。死角にもなっているここは厳蕃のお気に入りの場所である。
相手の彫りの深い相貌に友好的な笑みが浮かんでいるのが夜目にもわかる。呪術師は、厳蕃の言にさして気を悪くした風でもなく、一定の間を置いた位置で欄干に腰を預けた。
『なに用かな?わが祖国ではこの時刻は丑三つ時と申して幽霊が徘徊する時間帯なのだ』そして悪人も。暗殺者は深更獲物に忍び寄ってその生命を断つ。
『夜の精霊も同じです、大精霊』
『その大精霊というのはやめてもらえぬか?われわれはそんなものではない』そう、そんな可愛らしい存在では決してない。
わが道を行くの呪術師に厳蕃の願いは届かぬようだ。身をいきなり起こすと大精霊の間合いを犯すどころか懐の内にまで入り込んできた。
(大きい。大きすぎるではないか?)それでなくとも異国人は大きく、さらに厳蕃自身同じ国の漢と比較しても小さい。山のようにそびえ立つ異国の呪術師の前では厳蕃の体躯など華奢以下なのだろう。大精霊というよりかは妖精だ。
『同じ気を持つ大精霊が部族に二人いるのです。それをお知らせしておこうと』
『なん、だと?』絶句した。唖然とする大精霊。呪術師も夜目に慣れているのだろうがまったくそうと気が付く様子もなく言をつづける。
『ヴァーミリオン・バードとブラック・タートルです』
『糞ったれ!地獄へ落ちろ!』妹がきいたら確実に地獄へ落されるであろう神を冒涜し、教育上不適切な異国語をうちなるものへ送っていた。
朱雀に玄武?いまから向かう国に、亜米利加にいるというのか?このうちなるものの兄たちが?
故国にいたときからずっと感じていたものはこれだったのか?
『すまぬ。きき流してくれ。ところで、海賊の船で赤子のことを龍と申したな?竜ではなく?それは確かみずからの尾を呑む龍のことだな?』
『たしかにそういう大精霊もいますね。ですが、わたしには二匹の龍が互いの尾を呑んでいるようにみえるのです』暗闇に浮かぶ呪術師の白い歯。
『待て待て。それはどういうことだ?赤子のうちに二匹の龍がいると申すのか?』『まさか、狼ですよ。狼のうちに・・・』
身のうちに白き虎を宿す小柄な漢は、無言のまま指が四本しかない掌を上げて相手の口唇を閉じさせた。欄干に背から力なくもたれかかる。もう片方の掌を額に当て、文字通り頭を抱えた。
なにがどうなっている?というよりかはもはやなにも考えたくない、というのが本音だ。
『いやいや、これは面白くなりますよ、大精霊』
亜米利加の呪術師はそういってから陽気に笑った。
笑いごとではない、という気力すら日の本の大剣豪にはなかった。




