「どっちがどっち?」
闇と、そして血の色の羽根飾りを頭上で躍らせながら、この場にいる者にはわからぬ言の葉で、神の依代たちは白き巨狼にむかっていった。
血の色羽根飾りの依代は左の瞳が、闇の色のそれの依代は右の瞳が、それぞれ金色に輝いている。
そして、いわれた白き巨狼もまた、口吻の間からつむぎだす言の葉は依代たちとおなじ類のものだ。
「清の国の言の葉のようですが、おそらく、古語と呼ばれるものでしょう」
相馬が囁きに、土方だけでなく、だれもが思った。神の獣たちの時代の、国の言の葉なのだ、と。
「わかるか、主計?」土方が囁き返した。が、相馬は相貌を右に左に傾け、口の端をわずかにあげた。
「師匠と坊のことで、壬生狼がなじっているようです。それを「偉大なる呪術師」たちがなにやらいい返していますが、正直、難しすぎてわかりませぬ」
『ふんっ!英語を話せ、話せるくせに、わざわざ古語を囀るな。なんなら、日の本の言の葉でもいいのだぞ?おぬしらの依代の孫どもも、日の本の言の葉を解するのでな』
英語の思念だ。白き巨狼の配慮にほかならぬ。
『こやつらは、弟たちになんとしてでも会いたいらしい。わが主よ、ここでこうして対しながら、呪術でもって、向こうにいる二人のなかから引き摺りだそうとしていたのだ』
檻のなかの獣のように、白き巨狼はその場でいったりきたりを繰り返しつつ、双眸だけを土方へと向けた。
「息子と義兄は?大丈夫なのか・・・」「二人は大丈夫なのか?」「師匠と坊は?」
土方、斎藤、沖田の問いがかぶった。
『必死にあがらっておる・・・。息子ども、わたしを怒らせるな。久しぶりの再会だ。互いに機嫌よく親子の情を確かめ合うべきではないのか?それとも、このまま親子喧嘩へ突入するか?さぞかし壮大な親子喧嘩になるであろうの?』
狼の鋭角的な相貌に不敵な笑みが浮かんだ。
神の喧嘩・・・。想像もつかない。人間は、等しくそう思った。
『父上は、あいかわらずあの二人には甘くていらっしゃる』
『そして、よほどかわいがっていらっしゃる』
「偉大なる呪術師」を依代とする神の獣たちがいった。いまは英語を使って。
『・・・』
白き巨狼は、思念を発しないまま、あらためて依代たちに狼面をむけた。しばしの間があり、その間、人間はただ固唾を呑んでみ護っている。
この後、いったいなにが起こるのか、どうなるのか、静寂と緊迫とにがんじがらめにされながら、ただ、息と気を潜め、瞳だけを三神に注いだ。
『どっちだ?』
ながいともみじかいともいえる間の後、ようやく白き巨狼の思念が揺らめいた。
『どっちがどっちだ?ようわからぬ。すっかり呆けてしもうた』
「そこかっ!」
白き巨狼の呆けに、日の本の人間は、いっせいに突っ込んだのだった。




