撫子たちの期待
「姐御、大丈夫ですか?」
もう一台の馬車の馭者台に座し、一点をじっとみつめている信江に、島田が柔和な笑みとともに問いかけた。すると、信江はみていたものから巨躯の漢へと視線を向け、やはりおなじように柔和な笑みを浮かべた。
「ええ、わたしは大丈夫ですわ、魁さん。ありがとう。わたしより、兄上が心配です。辰巳は、以前より蒼き龍とうまくやっていました。辰巳は、その存在を手放しで認めていたわけではなかったものの、利用すべきは利用し、そして、自身も利用されるべきは利用されていた」
信江は、また視線をさきほどまでみていたものへと転じた。島田もそれを追った。そこには、神をうちに宿すものたちがいる。
「そうですな。死ぬべきだった者を幾人も救っている。これは、本人の力ではなく、神の力以外には考えられない」
そういいながら、馬車を曳いている二十四と二十三の頸筋をやさしく撫でてやった。二頭とも、かわいい瞳をうっとりさせ、島田の愛撫に身を委ねている。
「ですが、兄上は白き虎を認めるつもりもない。唯一、辰巳と蒼き龍に関してだけは、歩みよりをみせるようですが、それ以外は互いを喰らい尽くすような勢いで、互いを憎んでいます」
「そうでしょうか・・・。わたしには、師匠も白き虎も人一倍、神一倍頑固者で、しかも可愛くなくて、さらには、矜持が高くて、認め合うのを認めたくない、というふうに感じられますが?」
島田は、二頭の頸筋を軽く叩いてから、馭者台にあがって信江と並び座した。
「師匠も白き虎も、心のどこか、ずっと奥か深くかはわかりませんが、そういうところで相手を認め、仲良くしたい、と願っているのではないでしょうか?」
信江は、はっとしたように島田に視線を向けた。
「たしかに、あなたのおっしゃるとおりですわ、魁さん。兄上の頑固さは、きっと、白き虎でさえも凌駕するに違いありません」
そういってから、荒れて分厚い掌を口にあてて笑った。
「お案じめさるな、柳生の姫様。たとえ悪い魔女が悪さをしようとも、あなたの王子が助けてくれます。なあ、そうだろう、ケイト?」
馬車の荷台で荷物の整理をしているケイトに、島田が同意を求めると、ケイトは美しい相貌にきらきらした笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「ええ、王子トシゾウは、最愛のお姫様に接吻をしてくれるわ」
ケイトは、しっかりとした日の本の言の葉でそう応じた。
子どもだけあり、ケイトもまた語学の習得がはやい。厳周や信江、若い方の「三馬鹿」とのやりとりで、いまでは意思疎通は問題なくなっている。
「ありがとう、魁さん、ケイト。そうね、きっとそうよ・・・。でも、みてみたい気もするわね」
信江は、また三神様に視線を向けた。
「ねえ、あなたはどう、ケイト?」それから、内弟子に問いかけた。
「あ、みたいわ。ええ、ぜひともみてみたい」
内弟子の美しい相貌がさらに輝いた。それは、赤色に染まった空よりもきれいだ。
「ええ?白き虎や蒼き龍を?それはまた・・・。なんとも剛毅なものですな、姐御、ケイト?」
島田は、ごつい肩を竦めた。さすがは、柳生の女剣士とその弟子だと、心底感心した。野郎でも、その威容、とはいえ、想像上の神の獣を、みたい反面怖いと思っているのに、だ。
「違いますよ、魁さん。たしかに、それはそれでかっこいいかもしれませんが・・・」
信江は、隣に座す島田をみ上げた。そして、「鬼の副長」をも形なしにさせる威力をもつ魅力的な笑みを浮かべた。
「わたしたちのいうみたい、というのは、そちらではなく、そちらになるまえの型ですわ」
「はあ?」
さしもの島田も、お間抜けな応対しかできなかった。
白き巨狼のいうことがまことなら、神の獣たち人型は、もててもてて仕方がないほどの容姿、ということだ。
それを拝みたい、とは・・・。
これはもう、かっこいい漢をみたいというのが女子の性質なのか、それとも、信江とケイトだからなのか・・・。
そう考え、それが心中からだだ漏れであることに気がついたときには、島田の腹部に信江の渾身の肘鉄が入っていた。




