インディアンと神獣の人型
「みんなこっちをみているけど、なんかわからないよね?」
馬車の荷台に背中をあずけ、玉置がほかの「二馬鹿」にいった。それまで、きょろきょろと周囲をみまわしていた市村と田村も、飽きたのかおなじように荷台に背をあずけた。それから、三人はそろって上半身をのけぞらせ、青い色から赤い色へとかわりつつある空へと相貌を向けた。
「わからないって、なにがわからないんだよ、良三?」
市村は、空のうすい赤色があまり好きではない。それをすぎると、つぎは宵闇。夜にはいる前の闇は、どこか怖ろしいものが潜んでいるかのような気にさせてくれる。だからこそ、その前の夕焼けは不安にさせるのだ。
「なにを考えているのか?そもそも、なにか考えているのかってことも」
「いえてるー」
田村が叫んだ。鴉が飛んでいれば、完璧な夕焼け空になるのにな、と思いつつ。
「ああ?意味がわからねぇぞ、おめぇら?」
市村は、荷台から勢いよく一歩前に飛びだし、くるりと二人へ相貌を向けた。眉間に皺を寄せ、すごんでみせる。
「似てないっ!ぜんぜーん似てない」
田村と玉置の揶揄がかぶった。
「質、よくないよ、てっちゃん」
「良三のいうとおり。皺はもっと深くて濃いし、言の葉と態度はもっとでかくないと」
玉置につづき、田村の批評も辛辣だ。
「ちぇっ!なんだよ、二人とも。じゃぁ、おまえらがやってみせてくれよ、副長の真似。さぞかし質の高いものがみれるんだろうよ」
足許の石ころを蹴りつつ、市村はいい返してから一つ頷いた。
「言の葉がわからないからかと思ったけど、そうじゃないよな。ただ単純に、なにも考えてないんじゃないのか?」
「でも、それって、かえって難しくない?だって、おれたちだって、日の本で異人をみたら、驚いたり、めずらしく思ったり、敵意をもったり興味をもったりしただろう?」
「銀ちゃんのいうとおりだよね。なーんにも思わない、考えないって、ぜったいに無理無理」
「そりゃそうだけど・・・。おれにもわからないよ」
市村は、また石ころを蹴った。その石が転がった方向、ずっとさきに、厳蕃、幼子、白き巨狼が身をよせあうようにして立っている。
「なぁ、どうなるのかな、師匠たち・・・」
「でてきたらってこと?わからないよね。またかわれるのかな?」
玉置もまた、市村とおなじ方向をみ、不安げな表情で華奢な両の肩をすくめた。
「でも、神獣の人型って、どんなんだろう?」
田村だ。子どもらしい好奇心。そして、興味のもちかただ。
「白い髪と髭のおじいちゃん」
やや間を置き、そう推理したのは玉置だ。
「黄龍ってそんな感じじゃない?」といってからくすりと笑う。
「太っちょ髭面の頑固親父」
つづけて、市村。
「それが白虎」そして、爆笑。
「筋肉質で小柄、髭ははやしていないおじさん」
最後は、田村だ。
「青龍の想像!」
くすくす笑い。
そして、でそろったところで、若い方の「三馬鹿」はいっせいに大爆笑した。
『無礼にもほどがあるな。神をなんだと心得ておるのやら』
若い方の「三馬鹿」の笑い話をよんだ「白い髪と髭のおじいちゃん」は、ぷりぷりした。
『「太っちょ髭面の頑固親父」と「筋肉質で小柄、髭ははやしていないおじさん」よ、きいておるのか、ええ?』
その問いに応じる者は、残念ながらいなかった。
それぞれに抱えるものがあり、若い方の「三馬鹿」の想像ごときに感覚を傾ける余裕などないからである。
『まったく、あれほどいい漢だと教えてやったのに』
一人、白き巨狼だけは、余裕綽々なのだった。




