ご挨拶
『クレイジー・ホースだ』
土方らが近づくと、「偉大なる戦士」は、日に焼けてがっしりとした右掌を差しだしてきた。
『遠き西の国よりやってきた戦士たちを歓迎する』
イスカやワパシャ同様、「偉大なる戦士」の英語もまた、淀みのないしっかりとしたものだ。
土方は、握手をしながら、その握る掌の力が加減されていることに気がついた。
『トシゾウ・ヒジカタ・・・。歓迎に心より礼をいう』
クレイジー・ホースは、律儀に全員と名乗りあいながら握手した。
『クレイジー・ホースというのは本名か?』
最後に握手をした沖田の問いに、当人は日に焼け、人一倍高鼻の相貌に笑みを浮かべた。同時に、短い笑声をあげる。
『本名はタ・シュンカワカン・ウィトコ、わが一族は、代々この名を受け継ぐ。クレイジー・ホースというのは、二つ名だ。馬を盗むのがうまいのだ、わたしは』
それから、片目をつむってしてみせた。
先に会ったときと同様、その気は尋常ではない。が、無論、その気は土方らにとって悪いものではない。そして、このさして大きくも小さくもなく、どこにでもいるような外見のこの漢は、気さくで人懐っこい印象を与えた。
後でイスカにきいたことだが、タ・シュンカワカン・ウィトコとは、「彼の奇妙な馬」という意味であり、父から息子へと受け継がれてゆく名ということだ。そして、スー族にとって馬を盗むという行為は、一種の娯楽であり、クレイジー・ホースは、幼少よりその娯楽が得意だったということだ。
戦いの衣裳ではなく、いまは上半身素肌の上に、ベストだけを身につけ、下はズボンに乗馬靴、長い髪を後ろにまとめ、その上に一本だけ大きな羽飾りを冠している。それは、上半分は血の色に染められ、下半分は真っ白だった。
『かれらはこないのか?』
クレイジー・ホースは、向こうのほうでこちらの様子をうかがっている厳蕃と幼子を、顎で示しながら
きいてきた。
『おれが代表だ。「偉大なる呪術師」には、まずはおれが挨拶したい』
土方の穏やかな声音に、クレイジー・ホースは一つ頷いた。その頭上で、紅白の羽飾りがぴょこんと跳ねた。
『「偉大なる呪術師」たちにとって、かれらを感じるのに、みたりきいたり話したりは必要ない。物理的な距離も同様。どれだけ離れていようとも、関係ないのだ・・・。では、いこうか・・・』
忠告というには穏やかだ。クレイジー・ホースは、そう告げると身を翻した。そして、ひときわ大きなティーピーへと歩きだした。
『きみらにも作法というものがあるだろう?われわれも同様にそれがある。われわれはそれをなにより重んじる。すまないが、従ってほしい』
クレイジー・ホースが、ティーピーの入り口にかかっているバッファローの垂れ幕の向こうに消えてから、イスカがいった。
『当然のこと。案ずるな、イスカ。ただ、おれたちはきみらの作法がわからない。教えてくれるか、イスカ、ワパシャ?』
スー族の二人は、土方の依頼にしっかりと頷き了承した。
『でも、新撰組は、もともとが無作法の荒くれ者ばかり。がんばってみるけど、自信がないな』
沖田がにやにや笑いながらいうと、スー族の二人もまたにやにや笑いをその日に焼けた相貌に浮かべた。
『問題ない、みんな。がんばっているっていうことは、「偉大なる呪術師」にはわかっている。それで充分。わたしとワパシャの合図に従ってくれ。ではゆこう』
そして、いよいよティーピーのなかへ、「偉大なる呪術師」とあいまみえたのであった。




