示威
「で、まことに襲ってくると思うのか、子犬ちゃん?」
どこまで離れればいいのか?あまり離れすぎれば、仲間たちに故意に攻撃をしかけられれば即座に対応できぬだろう。そんなことを考えながら、厳蕃は金峰の鞍上から、白き巨狼の白き毛に覆われた背に、言の葉を落とした。
『襲ってくるであろうよ。すでに感じておろう?』
白き巨狼の鼻面が、頭上の厳蕃から丘のほうへと向けられた。
「対騎兵隊への戦力になるか?それは、われわれ全員についてのこと。さらに、依代の器量。それは、われわれ二人のこと・・・」
四十の鞍上の幼子は、呟くように告げた。それから、育ての親たる白き巨狼とおなじように、丘のほうへと視線を向けたが、その瞳は、視覚として捉えている丘ではなく、さらに向こうのスー族の土地にいる「偉大なる呪術師」たちを、感覚でみている。
『お利口さんだ、わが子よ。さて、どうするつもりか?柳生の偉大なる剣士として、真っ向から刃を振るうか?それとも、闇の暗殺者として、丘の向こうのスー族の戦士数名の首級をとり、畏怖を与えるか?あるいは、その力を示さず守勢にまわるか・・・』
「ふんっ!どれもうまい策ではないな。すくなくとも、わたしの好みではない。相手を傷つけず、われわれの本来の力を示すことなく、脅威だけを植えつける・・・」
『それはむしがよすぎるな、厳蕃。さあ、いかがいたす?このままでは、わが主たちが襲われるであろうし、そうなれば、わが主のことだ。自ら談判しにゆくであろうよ。そうなれば、われわれはみくだされる』
「それでもよいのではないのか?成りゆきしだいでは、われわれもスー族に協力せぬかもしれぬ」
『おぬしは、おぬしの義弟のことをまだよく理解できておらぬようだ』
丘から鼻面が厳蕃へと向いた。
「ふんっ」
鼻を鳴らし、苦笑する厳蕃。それを背にいただく金峰もまた、自身の仲間たちを案じているのか、そわそわしている。
「「竜騎士」殿、そなたなら最善の策をおもちであろう?」
そう放り投げられた厳蕃の皮肉に、幼子もまた苦笑した。四十の首筋を軽く叩くと、その小さな掌を青空へと伸ばした。
「なれば、叔父上のお望みどおりのことを、この辰巳がいたしましょう」
かわいらしさと美しさの混在した相貌に笑みが浮かんだ。大きすぎるテンガロンハットの下、その笑みはふてぶてしいほどだ。
青い空に点ができた。と思う間もなく、その点がすぐ頭上に移動した。点は、そのまま二人と一頭の頭上で大きな円を描いている。
「「偉大なる呪術師」たちに、「偉大なる魂」を感じていただきます」
青空へ伸びた小さな掌。「ぱちん」と乾いた音が響いたのは、指を鳴らしたからだ。それはまるで、拳銃の発射音のようだ。
音と同時に、頭上の点、すなわち、「偉大なる魂」が円を描くのをやめ、みるまに丘の向こうへと飛翔していった。
「心の底から畏怖を抱いていただきましょう・・・」
小さな指がテンガロンハットのつばを軽くもちあげた。
そこに現れた幼子の両の瞳。それは、灼熱地獄をも凍らせてしまうほどの光をたたえていた。
実の叔父も育ての親も、戦慄したとしてもうまく隠そうと努力はした。それが功を奏したかどうかはべつとして・・・。
幼子は、その両の瞳を、つぎは丘とは反対側、なにもない荒野へと向けた。
地響きを感じる。これは、以前にも感じたことのある響きだ、と厳蕃も白き巨狼も思った。