丘の向こうにいるのは・・・
丘の向こうに複数の気を感じる。
それは、丘のすぐ下にまでやってきたときだった。
『われわれがさきにいき、様子をみてきます』
イスカの申しでだ。
『まさか、攻撃してきやしないよな?』
野村の囁きである。不安が、声音を小さくさせているのだ。
馬たちが脚を進めるごとに、一行はいいようもえぬ不安のため、しれず口数が少なくなっていた。
『正直、それはわかりませんね。「偉大なる呪術師」は、友好的な歓迎の使者を送ってきたのか、それとも、力を誇示、あるいは試すための戦士を送ってきたのか・・・』
イスカ、それからワパシャは、黒光りする相貌に気弱な笑みを浮かべた。
『つまり、攻撃してくる場合は、われわれに、というけだな?』
厳蕃が尋ねた。否、それは問いというよりかは確認のようだ。
『ここでお待ちください、師匠。そうならぬよう、場合によっては説得してみます。トシ、それでいいかな?』
『ああ、こっちから頼みたいくらいだ。頼んだぞ、イスカ、ワパシャ』
土方の頼みを、二人は同時に頷き了承した。
それから、それぞれの騎馬を促すと、丘をのぼっていった。
『子犬ちゃん、わが甥よ、ゆくぞ』
その背が丘の向こうへと消えてから、厳蕃は、金峰の鞍上から白き巨狼と幼子を手招きした。
『念には念を、だ。われらは向こうにいよう。確認だけさせてくれ、わが義弟よ。攻撃してきた場合、われらはどうすればよい?』
『ふんっ!逃げるか淘汰するか、とはっきり尋ねればよいものを・・・』
「やめないか、壬生狼っ!」
土方は、からかいの思念に対し、日の本の言の葉で怒鳴っていた。
『義兄上、万が一にも攻撃してきたら、おれが直接談判します。それまで、うまく逃げ回ってください」
『承知した』
その機で、四十が近づいてきた。
『息子のことを頼みます、義兄上、壬生狼・・・』
『坊、なにもしてはいけませぬ。兄上、あなたもです、それと、壬生狼、あなたもですよ』
土方の言にかぶせ、信江の鋭い注意が飛ぶ。
『なにを申すか!妹よ、信頼という単語を知っておるのか?』
『そういう兄上は、信頼できないという単語をご存知なのですか?』
そんな兄妹のいいあいの横で、土方は近寄ってきた息子としっかりと視線をあわせてから囁いた。『息子よ、伯父上と父さんが暴走せぬよう、しっかりと見張るのだ』
いつまでも「いうことをよくきけ」などというべきではない。自覚をもつことで、息子もさまざまなことに気がつくはず。ここには、そういう意図が隠されている。そして、鬼の息子は、それをよく理解した。
「承知」その証拠に、日の本の言の葉でしっかりと了承したのだった。
『副長、談判するなら・・・』
二人と一頭の背が離れてゆくのを見送りながら、金剛が近寄ってき、その鞍上の永倉がいいかけた。
『わかってる。だが、言の葉を駆使するのはおれの領域。新八、おめぇら「四天王」は、そのおれの背を護ってくれ』
息子らの背をみつめたまま告げる土方。永倉は、てっきり「必要ねぇ」と突っぱねられるかと確信に近いものがあったが、意外な答えに意外な表情を浮かべた。
「承知」永倉もまた、土方の息子同様日の本の言の葉で了承した。
「ああ、それがおれたち「四天王」の領域。あんたの背、それから、あんたの身内は、なにがなんでも護ってみせるぜ」
不敵なまでの言。その永倉のごつい相貌には、言の葉同様不敵な笑みが浮かんだ。
『ファミリーか・・・。ならば、イスカとワパシャも含め、ここにいる全員、護りきるぞ、新八』
そして、土方の亜米利加の不敵な言の葉。その秀麗な相貌には、それと同様不敵な笑みが浮かんだ。




