「桜」舞う
幼児は、島田にさりげなく近づくと、両の腕を空にむかってあげ、「抱っこして」のジェスチャーをした。
島田はその意図することを察した。ゆえに、すぐに抱き上げた。
大きな欠伸をし、むずがるしぐさをしてから、島田の首筋に両の腕を絡めて抱きついた。それから、島田の耳朶に囁いた。
義理の兄の言をききながら、土方は自身の息子が島田に抱き上げられ、甘えているのをみていた。
息子は、自身にも信江にも抱かれたり甘えぬどころか、最近ではちょっとした接触すら嫌がるようになっていた。
それは、不可思議なことに両親、そして義兄に限定される。厳周や島田に抱きかかえられるのは平気なようなのだ。とくに、島田にはみずから抱きかかえられたがる。それ以外にも、原田は肩車をしてやったりしているし、それ以外の者もおぶったり抱いたりしている。
両親と伯父以外は平気だというのか・・・。
なにゆえ、両親や伯父にかぎってはずかしく、抵抗があるのか・・・。
両親や伯父だからなのか・・・。
自身も、兄貴や姉貴にしてもらうことがはずかしいことでも、ほかの大人たちにしてもらうことは平気だったことが、確かにあった。
そう考えると、なるほど、男児にありがちな反応なのかもしれぬ・・・。
「副長?」島田が呼びかけていることに気がついた。その島田の大きな胸元で、自身の息子が眠っている。
「伊東元参謀がその句を詠んだときのことを思いだしたのです・・・」
島田は、そこで言を止め、土方が促すのをまった。そして、土方が無言で頷くと、口唇を開けた。
「そのとき、坊は苦笑したのです」
島田は、再度、言の葉をきってからつづけた。
「なにがおかしいのかと尋ねると、坊は両の肩をすくめてからいいました。「総長の死を悼むふりをし、副長に、さらには新撰組じたいに、挑戦状を叩きつけるような内容の句を詠むとは・・・」、と。わたしには句に造詣がありませぬゆえ、坊のいう意味がよくわかりませんでしたが、副長、あなたなら、冷静に考えればわかるはず、ですよね?」
「なるほど・・・」
島田の説明を受け、それの、さらには幼子の意図することをよんだ厳蕃がすかさずのっかった。
「そういうことか・・・」一つ頷き、さもわかったふうを装う厳蕃。
土方は、しばし視線を遠くに、永遠に広がっていそうな不毛の大地へと向けていたが、それを藤堂に戻した。
「平助、正直、おれにもよくわからん。が、坊がそういってたのなら、そうに違いねぇ・・・。この話しはもうしまいだ。いいな?」
藤堂もわからなかった。だが、ここは頷き了承するしかない。
だからそうした。
脱線してしまったが、その後、決をとった。
朱雀のかのじょの名がきまった。
「桜」である。
それは、日の本の誇る花であり、土方ら試衛館からの仲間たちにとって、きってもきれぬ思いでの花であった。
そう、それは、試衛館派にとって、心のよりどころといってもけっして過言ではない名、なのだ。
青い空を、朱雀と桜が仲良く舞っている。
それはまるで、日の本の舞踊のようだ。