新撰組隊士朱雀の信念
大きな大きな雲の塊が風に流されてきた。一行の頭上にそれがさしかかったとき、影が落ちた。そして、それがまた、ゆっくりと風に流されてゆくと、陽光が、ふたたび一行に降り注いだ。
その間、たっぷりと沈黙が保たれていた。
そして、やっと反応があった。
『ええー』
人種、国籍、性別、関係はない。等しく、同じ反応だ。
『朱雀がー』
さらには、一体感まで経験できた。
だが、ここからの反応は様々だ。
『朱雀の女?』
『真面目に?』
『なんてこった!』
『嘘だっていってくれー』
『負けた・・・』
『朱雀の裏切り者ー』
『畜生っ!』
さあ、だれがなにを叫んだのか?
さらには、『神様』と、同業他神に訴える神までいる。これは、厳蕃であることはいうまでもない。
そんな人間の反応に、「キイッ!キイッ!」と、朱雀が馬車の馭者台の縁で羽根をひろげ、なにかを主張、というよりかは訴えている。
『朱雀は、人間と同じことをしている。それから、新撰組の隊士として・・・』
四十の鞍上で、朱雀の代弁をしていた幼子は、不意に口唇を閉ざし、俯いた。
『どうしたのだ、息子よ?』
富士を四十に寄せ、土方が息子にやさしく問うと、息子は、父親をみ上げた。涙ぐんでいるのをみ、土方は驚いた。
『息子よ、いったい・・・』
全員が注目するなか、幼子は、父親から自身の翼ある親友へとその小さな瞳を向けた。
『朱雀は、新撰組の隊士として、後継者を育てなければならない、と・・・』
『なんだって?』土方は面喰らった。一瞬、なんのことかわからなかったが、まだニックの農場にいたとき、朱雀の伴侶がみつかるだろうか、と漠然と考えたことがあったことを思いだした。
『鷹の生涯は長くない。すくなくとも、人間よりずっとずっと短い。子孫を残そうとするのは、なにも人間だけではない。鳥獣も等しく同じ。否、生涯が短く、繁殖も難しいからこそ、人間よりその想いは強い。これが動物の本能であり、自然の摂理。元気なうちに、Jrに新撰組の隊士としての心構えと経験をしっかりと叩き込んでおこう、というわけなのだ』
白き巨狼の説明に、だれもが心を打たれた。精神を揺さぶられた。
そして、だれもが誇りに思った。さらには、つい先ほど、やっかんだり生意気だと感じたことを、心底恥ずかしくなった。そして、詫びた。
そう、朱雀は新撰組の立派な隊士。その信念は、人間となんらかわりはない。
朱雀の伴侶となるべく雌鷹は、いまや一行の頭上で円を描き、朱雀を待っていた。




