珈琲と朝日と二枚目と・・・
自身のカップを片掌に、土方は小高い丘の上へとのぼってみた。そして、そこから朝陽を拝んだ。
「まったく、あいかわらずなんでも絵になる漢だな、副長よ?」
と、そこへやってきたのは、「近藤四天王」に原田、伊庭、それと厳周である。
朝の鍛錬が終わったのだ。土方と同じように、日本刀を珈琲の入ったカップにもちかえ、丘をのぼってきたのだ。
「新八、そんなこたぁいまさら、って話だろう、ええ?」
土方が向き直りながら嘯くと、やってきた者たちが一斉に笑った。
「自身の二枚目ぶりを、臆面もなく強調するあたりもあいかわらずだよな、副長?」
藤堂がおどけていうと、また全員が笑った、土方も含めて、だ。
「うーん、それくらい・・・」
「うるせぇ、総司っ!」
そして、口唇を開きかけた沖田を嗜めるのも、あいかわらずのことだ。
「なんだ、おめぇら?揃いも揃って?この面子だ、おれの親族についてか?」
土方は、体躯ごと向き直ってからあらためて全員をみ回した。
全員が、朝の鍛錬を終え、さっぱりとした表情をしている。
(こいつら全員、馬鹿だな・・・)土方は、内心で苦笑した。
「ああ?悪かったな、馬鹿で」「失礼な。せめてわたしと厳周は除外してもらいたいですね」
それをよむのは当たり前だ。同時にそう抗議したのは、永倉と伊庭だ。
「もうおせーよ、八郎」
伊庭と厳周以外の全員が同時に叫んでいた。
「遅すぎるんだよ、八郎。おめぇも厳周も、どっぷりはまっちまってる。新撰組のなかに、な」
つづけられた土方の言に、伊庭も厳周もそれぞれの相貌に笑みを浮かべた。
「で?具体的には、義兄と息子のことか?」
「今日にも目的地に到着できるでしょう。これまでの壬生狼の話しから、イスカとワパシャの祖父たちは、二人のなかのものを呼ぼうとする可能性は高いかと・・・」
斎藤につづき、原田がいった。
「まことにとめられるのか、副長?本人の力でも難しいことを?」
「いや、でるのをとどめるのは難しいだろう?左之のいうとおり、本人でもとどめられねぇんだ。それを、おれたちがとどめることができるのか?、とどめる方法があるってのか?」
永倉は、わかっているのに問うた。土方、それから厳周に視線を向ける。
「頸を刎ねるしかない、ってこったろ?なら、でてきたものをどうにかするしかないだろう?」
「なにそれ副長?白虎や青龍を、日本刀でどうにかできるとは思えないんですけど・・・」
沖田のいうとおりだ。
「っていうか、正直、想像できないんだけど、おれ。大きさもそうだけど、でてきた後の依代がどうなるのか?かりに、白虎や青龍を、退治っていうの?そんなことができたとして、そのとき、師匠や坊はどうなっちまうのか、とか・・・」
藤堂の言もいちいちもっともだ。
「鎮めることができるのか?だろうな・・・」土方は、カップからどろどろの液体を口唇に流し込み、朝陽をみてから、義理の甥をみた。無論、甥のほうも義理の叔父をみている。
「厳周、わかってるな?」
それは、問いではなく覚悟を促す一語だ。そして、促された側もわかっている。
「はい、叔父上。ですが、正直、不安です。こればかりは、まったく想像もよむこともできませぬゆえ」
「おれもおなじだ」
言葉すくなく応じる土方。
「まっ、いざとなったら、生贄を捧げちゃえばいいんじゃないんですか、副長?」
ぽんと掌を打ち合わせ、さもいい案であるかのように明るく提案する沖田に、全員が注目した。
どの相貌にも眉間に皺がよっている。
沖田のいう生贄、というのがなんなのか・・・。想像にかたくないからだ。
そのなんなのかは、溜息を一つついた。心中、思いは複雑だ。こればかりは、さしもの「鬼の副長」でもどうしようもないのかもしれぬ。
「ま、いいんじゃね?なるようにしかならないでしょ?それが、新撰組だ」
頭の後ろで掌を組み、いつものようにおどける藤堂。
意外にも、斎藤が噴出した。つられて、ほかの者たちも笑いだす。
「ああ、そうかもしれねぇな、平助・・・」
口中で呟くと、土方はもう一度朝陽を仰ぎみ、まずい珈琲をすすった。